ここから本文です

「今年も来られた」 遺族、墓標に思い伝え 日航機事故31年

上毛新聞 8月13日(土)6時0分配信

 520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故から31年となった12日、群馬県上野村の事故現場「御巣鷹の尾根」に慰霊登山した遺族らは、大切な人の墓標を訪ね、安らかな眠りを祈った。息を切らしながら登る高齢の遺族や、思いを受け継ごうと力強い足取りで山道を登る若い世代の姿が見られた。

 「今年も来られましたよ」。事故機の乗務員だった長女の波多野京子さん=当時(24)=を亡くした無漏子(むろこ)さん(80)=東京都世田谷区=は、三女の浦田晃子さん(49)、孫の薫君(9)=ともに同杉並区=と共に墓標に語り掛けた。

 晃子さんは、事故発生時の無漏子さんの年齢に並んだ。事故を自分の身に置き換えて考えられるようになったといい、「事故が再発しないことを祈りつつ、若い人に教訓をしっかり伝えたい」と決意を新たにしていた。

 初めて慰霊登山した薫君は「きっと優しくて美人だったんだと思う」と会ったことのない京子さんに思いを巡らせた。「これからは毎年おばあちゃんを助ける」と祖母を気遣っていた。

 事故機の機長の高浜雅己さん=当時(49)=の妻、淑子(よしこ)さん(72)は家族や関係者と計8人で登山した。傾斜がきつい場所では前後の人の手を借りて歩みを進めた。墓標に着いた後、淑子さんは「今年も無事にお参りできてよかった。ありがとうございます」と一行に感謝していた。

 群馬県内在住の遺族も墓標を目指した。高校2年の長女、木内静子さん=当時(17)=を失った信秀さん(71)、かつ子さん(70)夫妻=沼田市薄根町=は、静子さんが作りかけていた手縫いの巾着袋を完成させたと墓前に報告した。裁縫が得意だった静子さんは巾着袋に人気男性アイドルの似顔絵と名前を縫い付けようとしていたが、事故で未完成のままだった。

 夫妻は「なかなか気持ちの整理が付かなかった。31年かかったけど、ようやく完成させられた」と話していた。

 事故で犠牲になった加藤博幸さん=当時(21)=のめい、小林奈々さん(19)=さいたま市=は、紫色のリュックを背負って登った。祖父の故・留男さんが尾根に登る時に必ず背負っていた遺品だ。奈々さんは「おじいちゃんの気持ちも一緒に連れているつもり」と坂道を見上げた。

 夫の福田武さん=当時(56)=を亡くした恭子さん(77)=兵庫県西宮市=は、慰霊登山が初めての孫2人を連れてきた。孫の1人、南野樹さん(26)=東京都練馬区=は「会ったことがない祖父を知ることができた。これからは私が伝えていく」と満足そうだった。

最終更新:8月13日(土)7時21分

上毛新聞