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普天間「危険」残されたまま 事故後も部品落下など相次ぐ

沖縄タイムス 8月13日(土)10時50分配信

 2004年8月の沖縄国際大への米軍ヘリ墜落事故後、日米両政府は「世界一危険」な普天間飛行場からの危険性除去に取り組む姿勢を示してきた。だが、19年2月が期限の同飛行場の5年以内の運用停止は道筋がつかず、その間にも飛び続ける所属機からは部品落下などの事故が後を絶たない。同飛行場の現状や抱える問題点などをまとめた。(政経部・大野亨恭、吉田央、大城志織、中部報道部・前田高敬、東京報道部・上地一姫)

沖国大ヘリ墜落事故から12年 「5年内閉鎖」道筋見えず

■政府が約束した5年内の運用停止は… 

 米軍普天間飛行場を一日も早く移転させ、危険性を除去する必要性は国と県で一致する。しかし、政府は名護市辺野古への新基地建設が唯一の解決策だとし、危険性除去の「手法」で県と対立を深める。危険除去で注目を集める普天間飛行場の5年以内の運用停止は、政府が県に履行を約束したものの実現可能性はいまだ見えない。事故の教訓は生かされることなく、危険は残されたままだ。

 2013年12月、仲井真弘多知事(当時)は、辺野古沿岸部の埋め立てを承認する事実上の条件として5年以内の運用停止を要望。安倍晋三首相は「できることはすべてやる」と約束をした。

 だが、19年2月の期限まで残り2年半となったが、実現可能性は一向に見えない。そもそも、運用停止の定義に関し、「飛行機が存在しない状態」と県や宜野湾市が主張する一方、政府は「しっかりとした定義はない」(中谷元・前防衛相)と言及を避け続ける。

 政府は運用停止を話し合う普天間負担軽減推進会議を翁長雄志知事が就任して初めて、実に1年9カ月ぶりにことし7月に開催した。しかし運用停止のためには、辺野古移設での「地元の協力が前提」(菅義偉官房長官)とし、新基地建設の進捗(しんちょく)とのリンクを明言する。

 政府は負担軽減策として、14年にはKC130空中給油機15機を山口県の岩国飛行場に移駐、20年代前半をめどに、米海兵隊の約9千人がグアム、豪州、ハワイへ分散する計画だ。

 だが、負担軽減に逆行するように、政府は12年にオスプレイ24機を普天間へ配備した。

 政府は佐賀空港への暫定移転を検討したものの、地元の反対を受け計画を白紙に戻した。一方、沖縄では、全市町村長や県議が配備に反対しても、現在も市民、県民の頭上をオスプレイが飛び続けているのが実態だ。

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最終更新:8月13日(土)19時50分

沖縄タイムス