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社説[沖国大ヘリ墜落12年]「5年内停止」はどこへ

沖縄タイムス 8/13(土) 12:55配信

 米軍普天間飛行場のCH53大型輸送ヘリが、隣接する沖縄国際大学の本館ビルに墜落してから12年を迎える。

 ヘリは炎上し、機体の一部と、回転翼で削り取られたコンクリート片が住宅密集地に飛び散る大事故だった。市民に負傷者が出なかったのは文字通り、奇跡的だった。

 事故現場が基地の外だったにもかかわらず、米軍は県警や行政、大学関係者を現場から排除した。日本の主権行使が著しい制約を受けるなど日米関係において日本が独立国とはとてもいえない現実を知らしめた事故でもあった。

 普天間を取り巻く状況はあれから変わったのだろうか。むしろ危険性は増大していると言わざるを得ない。

 老朽化したCH46ヘリの代わりに2012年から13年にかけて、安全性に大きな疑問符が付く計24機のオスプレイが県民の反対を押し切って配備された。

 県内の全41市町村長・議会議長らが13年1月に異例の「東京行動」を繰り広げ、配備撤回を求める建白書を安倍晋三首相に手渡したにもかかわらずである。

 人口密集地や学校などの上空を避け、基地外ではヘリモードでの飛行を行わないなどとする日米合意や、夜間の運用を制限する騒音防止協定は反古(ほご)にされている。

 普天間問題の原点は過重負担の解消だったことを忘れてはならない。政府が普天間の危険性除去を辺野古新基地建設問題にすり替え、新基地建設が自己目的化している。普天間の返還・危険性除去が進まない理由である。

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 安倍首相ら全閣僚が出席した13年12月の沖縄政策協議会で当時の仲井真弘多知事が普天間の5年以内の運用停止を要請した。安倍首相は「できることはすべて行う」と約束した。仲井真氏はその後、県外移設の公約を翻し、辺野古埋め立てを承認した。

 「5年以内」とは、19年2月までである。米側は当初から否定的で「空想のような見通し」と言っている。政府が本気で米側と交渉していないのは明らかだ。

 仲井真氏が県外移設の公約を堅持していたころは「辺野古が駄目なら普天間は固定化する」との政府の「脅し」に対し、「固定化するとの発想、言葉が出てくること自体、一種の堕落だ」と批判。「辺野古移設に固執するのではなく、もっと早く現実的に移設できる県外の場所を探すべきだ」などと指摘していたことを思い出す。

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 普天間は住宅地に囲まれ、離着陸するにはその上空を飛ばなければならない。

 米本国では安全確保のため、滑走路の両端から約900メートルをクリアゾーンとして一切の土地利用が禁止されているが、普天間には小学校や住宅などがある。米国の基準を満たしていないのである。政府が辺野古の新基地建設にこだわる限り、普天間の危険性除去は遠のくばかりだ。

 政府の姿勢は、住民を墜落事故の恐怖にさらし続けることを意味する。いつ墜落事故に巻き込まれるかもしれない危険性と背中合わせの生活を強いることは許されない。

最終更新:8/13(土) 12:55

沖縄タイムス

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