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ロッキード事件の闇が晴れない日本政治の不幸(上)「総理の犯罪」の衝撃

THE PAGE 8/14(日) 11:00配信

 1976(昭和51)年7月27日、田中角栄前首相(当時)が東京地検特捜部に逮捕されました。戦後最大の疑獄といわれる「ロッキード事件」がセンセーショナルな「総理大臣の犯罪」になった瞬間です。あれから40年。再びロッキード事件が注目を集めています。

【写真】ロッキード事件の闇が晴れない日本政治の不幸(下)米の虎の尾を踏んだ?

 ひとえにロッキード事件といっても、その全容と真相はいまもはっきりとしないことが多くあります。ここでは、当時TBS記者としてロッキード事件や田中元首相を取材してきた政治ジャーナリストの田中良紹氏に事件を振り返ってもらいます。

 田中氏は、事件の発覚直後からロッキード社の秘密代理人児玉誉士夫を取材、田中元首相が逮捕された際には東京地検特捜部を担当、有罪判決を受けた直後には田中番の政治記者となって田中元首相の私邸に通い、病に倒れた後はワシントンに事務所を構えて米国政治を取材してきました。ロッキード事件が日本政治にもたらした影とはどんなものだったのでしょうか。

「児玉ルート」21億円など全容は未解明のまま

 ひ弱な二世政治家ばかり見せられているせいか、あるいは明日の希望が見えない時代だから高度成長期の政治家に憧れるのか、出版界には「田中角栄ブーム」が起きているという。

 そのため40年前に田中が逮捕されたロッキード事件にも再び光が当てられている。7月にNHKが二夜にわたって特集番組を放送し、また『週刊朝日』と『週刊新潮』も最近号で関連記事を掲載した。

 しかし私には、それらの報道が国民に事件の真相を見えなくする洗脳情報のように思えてならない。

 まず検察が摘発したロッキード事件の構図を説明する。(1)ロッキード社から児玉誉士夫を通し対潜哨戒機P3C売り込みのため21億円の賄賂が日本の政府高官に流れ、(2)それとは別に民間航空機トライスターを全日空に導入させるため商社丸紅に5億円、全日空に2億円の工作資金が流れ、(3)田中は日米首脳会談でニクソン大統領からトライスター導入を依頼され、商社丸紅を通じて5億円を受け取り、全日空の機種選定に働きかけを行った。(4)児玉の病気により児玉ルートは解明できずP3C疑惑は闇に消える。(5)田中逮捕の決め手はロッキード社幹部を刑事免責する司法取引で得られた証言である。

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最終更新:8/16(火) 22:45

THE PAGE

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。