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[コラム]「外部勢力」のいない星州郡と梨花女子大

ハンギョレ新聞 8月14日(日)23時37分配信

 私は星州の人々の知恵に大きな拍手を送るとともに、梨花女子大の「緩い民主主義」を見守ろうと思う。彼女たちの溌刺とした行動には拍手を送りつつ、彼女たちが同窓と一体になるより、同じ境遇にある他の学生たちと手を握る日を待つことにした。

 1960年に3・15不正選挙に抗議する馬山(マサン)学生デモが起きると、李承晩(イスンマン)政権は「共産暴動と酷似」、「五列(左翼)操縦の疑いが濃厚」と恐怖心を煽りデモを抑え込もうとした。しかし、デモはソウルや全国に圧倒的な勢いで広がるのだが、その一方で学生たちは「私たちは共産五列の浸透を警戒する」、「学生たちの純粋な血を民主党は誤用するな」と防御膜を張った。今回の星州の人々もTHAAD反対ソウル駅デモでも「外部勢力介入」を持ち出した保守メディアと政権の攻撃を避けるため、「名札」を回して「外部勢力」が入ってこないようにし、梨花女子大生も生涯学習単科学部設立反対座り込みから「活動家」と「外部勢力」の介入を遮断した。

 韓国には永らく外部勢力の介入を法で禁止した例があった。労組活動での「第三者介入禁止」規定がそれだ。世界のどの国にもないこの悪法が、80年から97年まで労組弾圧の伝家の宝刀のように使われた論拠も、労働現場の紛争は労使間の「純粋」な利益攻防であるから、第三者の活動家が「純真な」労働者を扇動し政治化させてはならないということだった。もっともらしく聞こえるが、これは労働者の要求が単に「直接勤労関係」から発生した利益問題であり、労働者を単に賃金と勤労条件だけに関心を持つ存在と見ることで、使用者が日常的に動員する政府、法、マスコミ、政治勢力などすべての外部支援は「第三者」ではないと見ている点で、事実上の労働者奴隷化法だった。

 第三者介入法はなくなったが、今回の星州や梨大のように保守メディアや政権による「外部勢力」論とそれに対抗した抵抗勢力の「純粋性」論は、韓国社会にそのまま生き残っていて、抵抗勢力は軍事政権時期を通じて、そして今でも「私は“純粋”だから、私たちの問題に政界と活動家は介入するな」と防御膜を張らなければならなかった。抵抗勢力が防御のために掲げた「純粋性」論は、当面の弾圧を避ける「資源」にはなるかもしれないが、結局は自らの足を縛る鉄線を溶かして針金で全身を縛ることでもある。「活動家」の理念と政治を排撃した大企業労組は、「純粋な」「賃金引き上げ」闘争にまい進した結果、自分の利益だけを考える「貴族労組」になって社会的に孤立したし、中小企業労組は雇われガードマンの暴力と警察、検察、マスコミ、司法府に丸裸で対抗することになり、昨日の柳成企業や今日の甲乙オートテックのように凄惨で孤独な抵抗をしながら一つずつ消えていった。

 日帝が朝鮮を占領した時、ムチの次に比重を置いたのは教育を通じて朝鮮人の精神を奴隷化することだったし、その核心は「民度に合わせて」教育するということ、すなわちひたすら「実用」だけに忠実な人間を育て、「政治」には一切関心を持たないようにすることだった。最近流行している「犬豚」論の元祖は日帝だが、植民地の民には食糧だけは与えるものの、公民としては行動できないようにしようという論理だ。星州と梨大に向かって浴びせられる「外部勢力」論、「星州マクワウリ購買」論は、すべて日帝と独裁政権の庶民奴隷化作業の焼き直し。すなわち「政治は俺たちがするから、お前たちは当面の食べ物のことだけ考えろ」という話だ。

 しかし、もう星州の人々は「外部勢力」論の虚構を悟った。彼らは今や「星州のみならず、韓国全土へのTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備反対」を叫んでいる。彼らは、THAADが星州の辺鄙な場所や金泉(キムチョン)に行けば、自分たちは電磁波を避けられるかも知れないが、それは結局、他の地域の住民の犠牲を担保に自分だけが生きることになることであり、究極的には自分たちも生きられないという事実を悟り始めた。それに対して、梨大生の座り込みは未だ梨大の中に留まっている。かつて学生たちは理念しか考えず、民衆は「飯」の問題にのみ留まっていたが、今回はその反対の様相が現れた。

 もちろん、梨大生の「運動圏排撃」行動を批判する資格は私にはない。私たちの世代は、理念と政治だけを前面に掲げ、民衆の「飯」を深く考えようともせずに無責任にいなくなり、自分だけの「大きな食卓」を得るために理念を捨てて再び現れたからだ。したがって私は、星州の人々の知恵に大きな拍手を送り、梨大の「緩い民主主義」は見守ろうと思う。彼女たちの溌刺とした行動には拍手を送りつつ、彼女たちが同窓と一体になるよりは同じ境遇にある他の学生と手を握る日を待つことにした。

キム・ドンチュン聖公会大NGO大学院長、「新たな百年」研究院長

最終更新:8月14日(日)23時37分

ハンギョレ新聞

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。