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魔界・京都 あの世とこの世を行き来した小野篁、紫式部の地獄堕ちを救う

THE PAGE 8月17日(水)11時0分配信 (有料記事)

 有名な観光名所が出てこない ”魔界・京都”へようこそ。

 平安時代、宮廷に仕えた優秀な官吏に小野篁(おののたかむら)という人がいました。そう、あの小倉百人一首の第十一番「わたの原 八十島(やそしま)かけて 漕(こ)ぎ出でぬと人には告げよ 海人(あま)の釣り舟」を詠んだ参議篁(さんぎたかむら)のことです。

 彼は平安時代前期に何人もの帝に仕え、非常に優秀な仕事ぶりであったそうです。なにしろ頭脳明晰にして博学、博識、さらに優れた実務能力を持った官吏でその体躯は188センチの巨漢といいますから、並みの人物ではなかったことが伺われます。

 さて、そんな平安のデキる男、小野篁には謎めいた伝説が語り継がれています。『源氏物語』著者、紫式部の地獄行きを阻止すべく、仕えていた閻魔大王に口添えをしたともいわれています。

 ひと味違った京都観光に詳しい経済・コラムニストの大江英樹さんが、小野篁にまつわるミステリアスな京都を紹介します。


  優秀な官吏である小野篁のサイドビジネスとは?

 小野篁という人、実は昼間は帝に仕えていながら夜になると地獄の閻魔(えんま)大王庁に出仕し、大王の裁判の補佐をしていたという伝説があるのです。実際に現在の京都市東山区にある六道珍皇寺というお寺には篁が夜な夜なそこを通って冥土にかよったといわれる井戸があります。夜になると篁はこの井戸を通って冥界に行っていたわけですが、朝になると別の井戸を通ってこの世に戻ってきます。嵯峨にあった福正寺(現在の嵯峨薬師寺)というお寺には地獄から戻ってくる際に出てきた井戸の跡がありました(現在はありません)。

 そこで地獄に行く六道珍皇寺のあたりを「死の六道」、地獄から戻ってくる福正寺のあたりを「生の六道」といい、現在も両方に六道の辻と書かれた石碑が立っています。


  小野篁のあの世通い伝説の背景にあるもの

 おそらくこの伝説が生まれた背景には様々な含意があるものと考えられます。小野篁という人は優秀な能力を持った人物でしたが、反骨精神も非常に旺盛だったようです。そんな人物に対しておそらく人々は畏敬の念を持っていたのでしょう。夜ごと閻魔大王のもとへ通うという伝説が生まれたのもそのあたりに理由があるのではないでしょうか。

 また一方ではお盆になると先祖の霊が家にやってくるというのは広く信仰されていることです。地域によってもそのしきたりや風習は異なりますが、お盆にはお精霊さんを迎えるために麻の茎を乾燥させえた麻幹(おがら)を焚いて迎え火をこしらえたり、ナスやキュウリでこしらえた精霊馬を玄関先に飾ったりします。つまりあの世とこの世を先祖の御霊が行き来するという精霊信仰が今でも広く信じられているわけです。篁が行っていたとされる冥界との行き来の伝説についてもこうした民間の精霊信仰がその下地にあるのではないかと思います。

 また、六道珍皇寺にはお盆の「迎え鐘」という風習があります。お盆にお精霊さんを迎えるためにつく鐘です。普通の鐘は撞木で鐘を突いて鳴らすのですが、ここ六道珍皇寺では鐘楼の壁から出ている綱を引っ張って鐘をつきます。まさにこの“引く”という行為がお精霊さんをお迎えするということを表わしているというわけです。ちなみにお精霊さんをあの世に送り届けるためにつくのが「送り鐘」で、こちらは三条寺町にある矢田寺でお盆の終わりにつきます。今年も8月16日におこなわれた「五山の送り火」もお精霊さんをあの世に送り届ける壮大な明かりなのです。本文:4,333文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:8月17日(水)18時3分

THE PAGE