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20年間回り続ける“肉屋の水車” 鹿児島「肉のハッピー」

ITmedia LifeStyle 8月15日(月)11時10分配信

 鹿児島と聞いて思い浮かぶものは、なんだろうか。雄々しい桜島だろうか。歩けば出会うような豊富な温泉だろうか。それとも偉大な西郷隆盛だろうか。

【画像】なぜこんな肉屋ができてしまったのか

 そんなことを思いながら鹿児島市内を車で走っているとこんな看板が目に飛び込んできた。

 うんそうか、鹿児島といえば豚肉だ。かごしま黒豚だ。ああ、かごしま黒豚の脂が乗った肉が食べたい。舌の上で溶けるようなしゃぶしゃぶが食べたい。

 ……それにしても。

……この肉屋は、一体なんなのだろう。店先に繰り広げられた不思議なカラクリを見つめながら、しばし思考停止した。

<連載「孤高のD.I.Y.」>
世の中には、作らずにはいられない人たちがいる。役に立つとか評判になるとかを超越して、“自作”せずにはいられない人たちが。そんな人たち自身と、彼らが作ったものを、ライターの金原みわさんが追いかけます。

<金原みわ>
珍スポトラベラー。全国の珍しい人・物・場所を巡り、レポートを行う。都築響一氏主催メルマガ『ROADSIDER’s weekly』、関西情報誌『MeetsRegional』、ウェブメディア『ジモコロ』にて連載中。著書『さいはて紀行』(シカク出版)発売中。

●巨大な水車が目印 肉のハッピー

 ごるんごるんざばばばばば、目の前で盛大な音を立てて水車が回る。動力部は荷造りのビニールひもとつながっていて、操り人形のように不思議な木が動く。

 その人形の動きはさまざまだ。

 リズムに合わせてがごがごがごがごと動く様は、今話題のリオ・オリンピックを連想させなくもない演目である。この部分だけを見たら、よもや肉屋だとは誰も思うまい。

 写真を撮っていると、中に人がいることに気付いた。どうやらここのご主人であり、この奇妙なオリンピックの主催者らしい。話しかけると、一見クールな表情のご主人は親切に教えてくれた。

――この水車すごいですね……どれぐらい前から作っているのですか?

 「20年前から作ってるよ」

――そんなに前から! 何がきっかけで作り始めたんですか?

 「知人が来ても、どこに店があるのか分からないって言うんだよね。だから目立つように看板を作ったりしてたら、いつのまにかこんなことになってたね。これ、別に川があるわけじゃなくて、全部水道でまわしてるからね」

 確かに近くに川が流れているわけではないようだ。ここまでしてこんな世界を作り上げるのは、なぜなのだろう。

●人は歳を重ねると水車を作りたくなるのか

 そういえば、この連載では1人目の春本さんも水車を作り、2人目のモイアさんも水車を作っている。人は晩年になると、水車を作りたくなるものなのかもしれない。

 「テレビとか新聞とかも来たことあるよ。でもちゃんとしてないから、来ても恥ずかしいね」

 「最近ちょっと調子悪いもんなあ。直しながらやってるけどね」

 そう言って鬼塚さんは、ビニールひもをぐいぐいと雑に引っ張ったり結んだりした。そうすると、先ほどまで止まっていたオブジェも動き出す。

――本当にすごい、どうなっているんだろう。物理の勉強とかしたんですか?

 「いんや。畜産と農業しか勉強してないよ。作るのはそんなに時間はかからないから、手が空いたときに作業している。もちろん夜やったり頑張りすぎたりはしない。ほどほどが大事だからね」

 「人形を彫ったのも自分。顔だけなら一体20分かからないね。この木の色はね、バーナーで焼いたの。焼きを入れたら、コーティングしてなくても古く見えるからね。ニスも塗るとだいぶ味が出るね」

 「頭の中で想像しながら、マジックでダンボールに設計図を書いて作っていくわけ。最初から誰かの設計図があるわけじゃないから、世界に1つしかない、自分でゼロから作り出してこそ設計ってことだね」

――苦労したこととかありますか?

 「作る時点では動いてるけど、水車に設置したらまあうまくいかない、なんてことは良くあるね」

 「20年前から作っているけど、今の作品は作り直して2年半。木ってのは水を吸うから、腐ってくるんだよね。まあ、壊れたら継ぎ足し継ぎ足ししてね。昔は全く違うものだったよ。ほらこれ」

 そう言って鬼塚さんは昔の写真を見せてくれた。

――今の作品の中ではどれが好きですか?

 「うーん。このゴルフしてるのは、大きいし思い入れあるよね。流木を拾ってきて作ったんだけど。タバコを吸っていて、なかなか粋でしょ」

――クールな感じが、ちょっと鬼塚さんに似てる気がする(笑)。

 「そうかな。まあ僕もゴルフするし、自然と似てしまったのかもしれないね」

 「これを作ってから、子供が更に興味を示しているように思えるね。立ち止まって、ずーーーーと見てるからね」

 確かにこの不思議な動きにはなんだか中毒性がある。これでは子供だけではなく大人も見入ってしまうだろう。

●肉のハッピーと鬼塚さんの夢

――鬼塚さん、なにか夢ってありますか?

 「夢? もう年取ったから夢も何もなくなっちゃった」

――そうなんですか……。

 「肉のハッピーを始めたのが31年前くらい。でもね、そのときに比べると売り上げがすごく減ってきてるんですよ。スーパーができて輸入ものが安くで売られたりね。あとは、お客さん達も年取っちゃって、亡くなったりしてね。今の世代は、肉をお祝いにしたり送ったりはしないんだよねぇ。この店も、子供が継ぐかどうかは分からないね」

――……。

 鬼塚さんはクールな表情でさらりと深刻な事情を言う。軽く質問してしまったことを若干後悔してしまった。

 「まあでもね、そんな中でも最近『豚みそ』はとても売れてるよ。テレビとかでも紹介されて、全国に送ったりしてるね。ご飯に合っておいしいおいしいって好評なんだよ。これがもっと広まればいいんだけどね」

 「あと、夢じゃないんだけどね、趣味でマラソンをしているんだけど。去年はむちゃして28kmのところで中断してしまったから、来年はフルマラソン42.195kmを絶対完走したいと思ってるんだよね」

――えぇえ、今70歳ですよね。すごい夢じゃないですか。

 「そうかな。それと夢じゃないんだけどね、今新しく、展示会に出す作品を作ってるの。もう大体でき上がってるんだけどね。見てみますか?」

――夢で溢れているじゃないですか! 見たいです。

 「これこれ。西郷隆盛が立っていて、後ろで小便小僧がおしっこを出して水車がまわして、その動力でマラソンランナーが走る。大体90パーセントできてるんだけど、水がたくさんたまるようにしたり、ひもが引っ掛からないように後少し調整したりしないとダメかな」

 「西郷隆盛やマラソンランナーと『小便小僧』との組み合わせが、イメージ的にどうかなぁと少し心配だけどね」

――大丈夫ですよ。そのまま突っ走ってください。優勝も狙えますよ。

 「優勝はしないよ。老人会主催のこういうのは、年齢が高い人順に賞が出るからさ」

 あくまでもクールな表情で、鬼塚さんはそう言うのだった。

●愛される肉のハッピー

――そういえば、どうして「肉のハッピー」って名前なんですか?

 「うーん、なんだかハッピーって名前は楽しそうと思ってね」

 クールに鬼塚さんは言う。

 「20年やってる水車は、途中で何度もやめようとも思ったんだけど、ちょっと回さないだけで『今日はまだ回さないの?』とか『止まってるよ』って言われるから、やめられないんだよね。みんな結構、楽しんでるみたい」

――うん、ずっと見ていたくなる。多分近所にあったら毎日様子見に来ちゃいそう。人を楽しませてくれる、すごい肉屋ですよ。

 「すごくないよ、恥ずかしいよ」

 そう言って鬼塚さんは水車を見た。表情はクールなままだったが、どこかうれしそうでもある。その間も水車はごごごごごとけたたましい音を奏で続けている。

 肉屋を始めた当初はまさかこんなことになるとは思っていなかっただろうが、結果的に人々を楽しませている「肉のハッピー」。

 20年間もここで回り続けた水車は、今後どう進化していくのか。きっとこの人はその身がある限りずっと走り続けるだろうし、人々に愛される水車も回り続けるのだろう。

<取材協力:肉のハッピー>

鹿児島県鹿児島市三和町7-6
099-257-0416

最終更新:8月15日(月)11時10分

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