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“忘れられた”ローズが“忘れがたき英国人”になった日【舩越園子コラム】

ゴルフ情報ALBA.Net 8月15日(月)11時10分配信

 112年ぶりに五輪競技として復活したゴルフは男子4日間が終了し、英国のジャスティン・ローズが金、スウエーデンのヘンリック・ステンソンが銀、米国のマット・クーチャーが銅メダルに輝いた。

金メダルの瞬間、ジャスティン・ローズが雄叫び!

 クーチャーはダスティン・ジョンソンやジョーダン・スピースが五輪出場を辞退したことで最後の最後に米国代表に加わり、あれよあれよという間に五輪を迎えた。五輪の競技形式が72ホール・ストロークプレーの個人戦であることすら前週まで知らず、いわば「出られる状況になったから出た」わけだが、もちろん出たら出たで「賞金も何も出ないけど、だからこそ、いいゴルフをしてメダルを獲りたいと心底思った」そうだ。
 
 ステンソンは全英オープンで悲願のメジャー初制覇を果たし、続く全米プロでも7位に食い込んだ。世界のトップスターとして大きな注目を浴びる嵐のような日々の中、金メダル候補の筆頭と目されながらリオ入りし、「ナンバー1スポットだけを目指す」と語気を強めた。

 五輪の迎え方、臨み方は、人それぞれ。そんな中、このリオ五輪のために「100%備えてきた」と断言していた選手。それが、ローズであったことを思えば、彼は勝つべくして勝ったと言えるのかもしれない。

「今季の目標は五輪で金メダルを獲ること」

 五輪を100%ヘルシーな体調で迎えられるよう、今年初めから食べ物や生活リズム、体のケア、トレーニング方法に至るまで、すべてをリオへ向けて調整してきた。

「先週金曜日にリオに来て、コースチェックや練習を十分に行った。開会式にも参加した。すべてはプラン通りだった」

 初日のホールインワンは「プラン通り」ではないものの、五輪出場を目指し、金メダルを欲し、そのための準備と努力を誰よりも積み重ねてきたローズが“五輪史上初のエース”をいきなり達成したことは、あたかも勝利の女神が彼を選び、彼に与えた必然だったようにさえ思える。

 初日を4位で発進し、2日目も4位、そして3日目は6アンダーで回り、一気に単独首位へ浮上した。どこからでもカップに沈んだパットはミラクルのようだったが、勝利をつかみ取った最終日のローズのゴルフは、ミラクルというより安定感に溢れる見事なものだった。

 ミスをしても、しっかりリカバリー。ボギーを喫すればバーディーを奪い返し、つまずいても必ず立ち上がって前進していく。欠かさぬ笑顔が正の連鎖を膨らませていく。そんな彼のゴルフは、彼の人生そのものだった。

 南アで生まれたローズが裏庭でボールを打ち始めたのは生後11ヶ月のとき。英国に移り住んだのは5歳のとき。1998年全英オープンにアマチュア出場し、いきなり4位に食い込んだのは17歳のときだった。

 その勢いのまま17歳でプロ転向。前途洋々、初優勝は時間の問題と思われていたが、驚くなかれ21試合連続予選落ちを喫し、前途多難になった。2002年には最愛の父が他界。その悲しみを糧に変えて欧州、日本、オーストラリアで次々に勝利を挙げ、そして2010年、ついに米ツアー初優勝。2013年には全米オープンチャンピオンに輝いた。
 
 プロ入りから12年間も米ツアー初優勝に手が届かなかったかつての日々を振り返り、ローズが口にした言葉が思い出された。

「僕は忘れられた英国人ゴルファーだった」

 そのローズが今年、母国の国旗を五輪で掲げることを目標に定め、あらゆる準備と努力を重ね、そして金メダルを手に入れたこと。それは、ゴルフが復活した記念すべき五輪にふさわしい最高のストーリーだった。

「メジャーと五輪は比べられるものではないし、比較すべきものでもないけど、はっきり言えることは、五輪のゴルフが最高レベルの戦いをする場であったこと。そして、金メダルを獲った瞬間は僕が人生で最も誇りに思えた瞬間であったこと。メジャータイトルと金メダル、両方を手に入れた僕はとても幸せだ」

 かつての“忘れられた英国人”は、この日、五輪史に永遠に残る“忘れがたき英国人”になった。

文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

(撮影:福田文平)<ゴルフ情報ALBA.Net>

最終更新:8月15日(月)11時10分

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