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日本の市民運動、安易な「同情」の危うさ 戦後を代表する政治学者が語った現代への警句

BuzzFeed Japan 8/15(月) 6:00配信

没後20年、政治学者・丸山眞男が残した言葉

1996年8月15日、戦後を代表する政治学者がこの世を去った。彼を知る人は、何かできすぎた最後だと思っただろう。自ら選んだかのように、「戦後」を象徴する日に別れを告げたのだから。【石戸諭 / BuzzFeed Japan】

丸山眞男。自らも日本軍に召集され、原爆投下直後の広島の姿をみた。戦後、東大に籍を置き、日本ファシズムの独創的な分析で一躍、有名になった学者だ。門下には、同じように戦後を代表する学者から、芥川賞作家、あるいは自身の批判者まで……。多士済々が集った。

洗練された、彼の文章は国語の教科書にも採用されている。なぜ、彼の著作は読み継がれているのか。それは丸山の言葉を通して、いまの問題が見えてくるからではないか。60年近く前の分析なのに、現代の日本社会に向けられている。そんな風にすら聞こえるときがある。

自らの戦争体験、現実との関わりの中から、人間を考え、政治を考え、言葉を紡いだ。没後20年、彼の言葉に耳を傾ける。

「ぼくはどうも組むというので、いつも気になるのは、本来人間は同じであるべきだという前提が、どうしても強過ぎるんだ」(丸山眞男座談4巻)

時は、1960年5月27日夜。日米安保に反対する多くの市民が、国会前デモに参加していた。この日、デモ隊の歌声は永田町に響き渡っていたという。

丸山は歌声を聞きながら、座談会の収録に臨んだ。丸山自身、デモに参加して、スピーチもしたが、場の熱気とはどこか一線を引いていた。むしろ、熱狂の中にある、危うさを見ていたように思える。

例えば、こんな風に。

座談会に参加した中国文学者、竹内好は「破壊された民主主義を立て直すことによって、こちらのものにする」を共通の目標に、政治要求の近いものが組むべきだと発言する。

2015年の安保法反対を訴えた国会前デモ以降、この手の発言はあちこちで聞こえてくる。パターンは同じだ。立憲主義の破壊、反アベ政治を一致点に分裂せずに共闘しなければいけない……。保守派もまた改憲という大目標に向かって、反護憲で組もうとする…

丸山は竹内に一定の共感を示しつつ、「組む」ことの意味について、根本から疑問を投げかける。

「組むというので、いつも気になるのは、本来人間は同じであるべきだという前提が、どうしても強過ぎるんだ。つまりお互にみんな一人一人違っているんだ、どうせ違っているんだ」という感覚に乏しい。

だからこそ、組むときに必要なのは「徹底して、違ったもの同士が組んでいくという覚悟」だ。同じではないから、意見が違えば別れたらいいし、明日わかれてたとしても、状況が変わった明後日なら組めるかもしれないからだ。

同じであることを求め、細かい方針の違いを突きあい、批判合戦になる。こんなありがちな分裂劇より、はるかにマシな考え方に聞こえる。

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最終更新:8/15(月) 6:00

BuzzFeed Japan