ここから本文です

日章旗 米国で発見 沖縄で戦死の中山さん

上毛新聞 8月15日(月)6時0分配信

 沖縄戦で戦死した中山留吉さん=群馬県富岡市曽木=の出征時に贈られた日章旗が、米ネバダ州で発見された。入手したデイビッド・シュライバーさん(56)が、知人を通じて上毛新聞社に調査を依頼、留吉さんの遺品と判明した。デイビッドさんは秋にも来日し、おいの暉男(てるお)さん(74)=同=に日章旗を返す予定だ。

 デイビッドさんは今年6月、州都カーソンシティで開かれたエステート・セール(財産整理品の売り出し)で日章旗を購入した。自宅に飾っていたが、現地の知人、河田規三子さんに日章旗が持つ意味を説明され、遺族に返還することを決めた。

 勤務先とみられる「青梅製作所前橋工場」が日章旗に記されていたことから、河田さんは本県出身者の遺品と考え、7月に上毛新聞社に調査を依頼した。同社は1967年10月30日付の紙面で、富岡市の中山留吉さんが戦没者叙勲を受けたことを確認。県遺族の会富岡支部(市川広計支部長)などの協力で、おいの暉男さんが留吉さんの生家で暮らしていることが分かった。

 暉男さんによると、留吉さんは1945年6月19日、25歳で沖縄で戦死した。6人きょうだいの3男で、長男が暉男さんの父の故・卯太郎さん。暉男さんは留吉さんのおいに当たる。

 暉男さんは「戻ってきたのは遺骨だけで、叔父の遺品はなかった。71年を経て帰ってくるとは何と言っていいやら」と驚いた様子。「よく残っていてくれた。どうやって海を渡ったのかも気になるね」と感慨深げだ。

 出征前に父と留吉さんが軍服姿で納まった写真があり、留吉さんは肩にたすきのようなものを掛けている。暉男さんは「折り畳んだ日章旗かもしれない」と推測。デイビッドさんが来日したら写真を見せるつもりだ。

 河田さんによると、日章旗は劣化が激しく、額の中から取り出せない状態という。デイビッドさんは早ければ10月に訪日する。

最終更新:8月15日(月)6時0分

上毛新聞