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日帝強制占領期に強制動員された在日コリアンが暮らしたウトロを記録する

ハンギョレ新聞 8/15(月) 7:02配信

9月20日まで釜山海雲台区の旧松亭駅市民ギャラリーで ウトロの町の模型や写真など企画展開催

 京都府宇治市にある「ウトロ」地区は、日帝強制占領期間の1941年に日本が京都に軍事飛行場を建設するために在日朝鮮人1300余人を強制動員し作られた。苛酷な労働に苦しめられた朝鮮人は、1945年8月日本が連合国に敗れた後もそのまま放置された。彼らは労働の代価を受け取ることもできなかった。

 朝鮮人たちは日本政府の無関心の中で、ここに住居を作って暮らしてきた。彼らは差別と貧困に耐えながら日本国籍を取得せずに生きてきた。彼らの暮らしは1987年3月から危うくなった。ウトロ地区全体の土地所有権を持っていた日産車体が、住民たちに知らせずに西日本殖産に土地を売却したためだ。西日本殖産は1989年2月、朝鮮人たちの退去を要求した。住民たちは西日本殖産を相手に法廷闘争を行ったが、2000年日本の最高裁により退去決定が下され、追い立てられた。

 遅れてこの事実を知った韓国の市民団体は2005年4月、「歴史清算!居住権保障!ウトロ国際対策会議」を発足させ、ウトロの住民の支援に立ち上がった。同年5月、時事週刊誌「ハンギョレ21」がこの事実を初めて報道し募金運動を展開した。当時、パク・ウォンスン美しい財団常任理事(現ソウル市長)、映画俳優キム・ヘス、アン・ソンギ、チ・ジニ、キム・ソナ氏など「ウトロ希望代表33人」も応援した。放送人のユ・ジェソク氏も1000万ウォンを寄託した。

 ウトロ国際対策会議は2007年10月、ウトロの住民たちに募金で集まった6000万円を贈った。同年12月、韓国の国会でもウトロ支援のための予算30億ウォン(約3億3千万円)規模を通過させた。韓国と日本の市民社会からの募金で設立された「ウトロ民間基金財団」は2010年5月、韓国政府の支援金を管理する「ウトロ一般財団」は2011年2月にそれぞれウトロ地区の土地を買い入れた。

 二つの財団はウトロ全体の土地の3分の1相当を買い入れたが、建築費までは手が回らなかった。住民たちを支援した日本の市民団体は、日本の行政当局を説得し公的住宅建設の決定を引き出した。しかし、歴史的差別の象徴であるウトロの一部だけでも保存しようという主張は議論さえできなかった。日本の行政当局が公的住宅建設にさえも反対しかねないという憂慮のためだった。こうして、屈曲した歴史の痕跡と言えるウトロの町は消えることになった。撤去作業は今年6月から進められている。

 東亜大建築学科とラウム(楽)建築、コンジョンジENGなどが集まって作ったウトロプロジェクトチーム「エルファ」は、ウトロの住民たちの70年余に及ぶ暮らしと時間を残すため昨年9月から資料調査、二度の現地調査を通じてウトロの建築物記録と模型化作業を進めている。釜山創造財団は釜山市海雲台(ヘウンデ)区の旧松亭(ソンジョン)駅市民ギャラリーで、ウトロプロジェクトチーム「エルファ」が現在までに記録し作ったウトロのジオラマや写真を展示する「ウトロ記憶プロジェクト」企画展を9月20日まで開いている。

釜山/キム・ヨンドン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:8/15(月) 7:02

ハンギョレ新聞

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核融合こそ未来のエネルギー問題への答えであり、子どもにだって世界は変えられる、テイラー・ウィルソンはそう信じています。そして彼はそのどちらにも取り組んでいます。14歳の時に家のガレージで核融合炉を作り、17歳となった今、直前の依頼に応えてTEDのステージで自分の物語を(手短に)語っています。