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日活株買い大勝利、旭硝子大仕手戦と小豆売りでまさか敗北 山崎種二(下)

THE PAGE 8/20(土) 11:00配信 (有料記事)

 山崎種二こと、山種の投資家人生を語るうえで、忘れてはいけないのが、映画会社、日活株の買い集めです。顧客からの注文を忠実に実行した、買いはどのように展開されたのでしょうか。
 
 また、常に勝利の印象が強く刻まれている山種の投資人生でしたが、旭硝子の大仕手戦に敗れ、さらには東京穀物商品取引所開設に際して、初代理事長として振興のためにみずから取引を行ったものの、まさかの敗北。その背景には政界の黒幕の陰謀があったとも記録されています。

 山種の投資家人生の大きなうねりを市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


  顧客からの注文を忠実に実行した、日活株の買い集め

 山種の相場人生で、日活株の買い集めの一件をはずすわけにはいかない。前述の2.26事件で大もうけしてしばらくたってからのことだ。山種は麹町三番町に自邸を新築する。近くに日活の堀久作(のちに専務から社長)がいて、交友が始まる。ある時、堀から依頼がある。

 堀「山種さん、日活の株を買ってほしい。値下がりのひどい先限を買って、これが決済月に回ってきたら現物を引き取る。もし、株価が上がって利食いできるようなら、売ってその利益は折半しよう」

 証券業者、山種は深く静かに潜航して根気よく買い続けた。2年かけて6万株ほど買った。当時、日活の発行株数は16万株だったからまだ足りない。堀は東宝の小林一三や千葉銀行の古荘四郎彦頭取にも資金援助を仰ぎ、株集めは続く。

 山種「兜町だけでなく、大阪の北浜、名古屋の伊勢町でも買って、買って、買いまくった。株価はついに120円にはね上がった。買い始めたころは14円に過ぎなかった。売り方は窮地に立った。買い方は株集めが目的だから利食いの売りが出てこない。売り方が踏む(損して買い戻す)にも売り物がない。堀さんが買い集めた株は最終的には8万株を超え、筆頭株主の地位に収まった」

 売り方から泣きが入り、解合(とけあい)を申し入れてきたが、堀はガンとして応じなかった。株集めの後半戦になって、山種は松竹の大谷竹次郎からも「日活株を買ってほしい」との注文を受けた。日ごろから堀が「松竹の大谷には日活株は絶対に渡さない」と言っているのを百も承知のうえで、山種は大谷の注文を受けた。

 後になって、堀はこのことを知り、「君は一体、どっちの身方なんだ」となじった。その時、山種は「相手がどなたであろうと、注文をもらえば、商売をさせていただきます。それがブローカーです」と平然と答えた。ケンカになっても不思議でない場面だが、堀はそれ以上追求せず、山種は堀の寛容な態度に「大した人だな」とあらためて感銘を覚えるのだった。

 16万株のうち堀が8万株、大谷が5万株を集め、浮動株がほとんどなくなったため、日活株は上場廃止となる。堀は昭和18年に専務、戦後社長に就任、「日活の堀久作か、堀久作の日活か」と呼ばれるようになる。戦後到来する映画全盛期に日活の人気を肌で感じながら、山種は株集め時代のことを反すうするのだった。本文:4,558文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:8/20(土) 11:00

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