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東京へ続く飛躍 陸上男子三段跳びの山下選手

福島民報 8月16日(火)11時15分配信

 陸上の男子三段跳び予選に出場した福島市出身の山下航平選手(21)=筑波大4年、橘高卒=は、自身初の国際大会が世界最高峰のひのき舞台となった。決勝には進めなかったが、思い切りのいい跳躍を披露し、世界デビューを飾った。
 4日から9日まで米国で最終合宿に臨み、助走速度を上げた跳躍を繰り返してリオに乗り込んだ。この日は17メートル台の自己記録を持つ選手が48人中、27人おり、ハイレベルな戦いが予想された。A、Bの2組中、山下選手はB組に登場。1回目15メートル71、2回目に15メートル46、開き直って跳んだ3回目も15メートル66にとどまった。自己記録の16メートル85を出せば6番目の記録で決勝に進めたが、1メートル以上届かなかった。
 A組に出場した長谷川太悟選手(26)=日立ICT=に肩をたたかれ、悔しそうな表情を浮かべた。「自信を持って臨んだが、なぜ結果が出ないのか分からない」。大舞台で実力を発揮する難しさを実感した。
 福島大付属小4年生から陸上競技を始め、橘高1年から三段跳びに取り組んだ。3年時に岐阜国体で優勝したほかは主要タイトルの獲得は少なく、5月の関東学生対校選手権で五輪参加標準記録となる16メートル85をマークし、一躍脚光を浴びた。
 五輪最終選考会となった6月の日本陸上選手権は悔しさで忘れられない。3回ともファウルで「記録なし」に終わり代表の座は絶望的になった。急きょ出場した南部忠平記念大会で有力選手を抑えて優勝し、追加で代表を射止めた。
 下地はできていた。高校時代は短距離走に力を入れた。今でも記録は伸び続けており、昨年8月には100メートルで10秒56を出している。速さと跳躍力は比例関係にある。男子三段跳びの日本記録保持者の父訓史さん(53)=橘高教諭=は「三段跳びの選手でもなかなかいない脚力が最大の持ち味」と冷静に見守る。
 訓史さん以外にも活躍を信じ続けた人がいた。筑波大の図子(ずし)浩二監督は「五輪に行けるぞ」と期待をかけ続け、技術的にも精神的にも支えた。だが、日本選手権前に52歳で急逝した。山下選手は「どんな時も寄り添ってもらった。自分すら信じていないことを監督だけは信じてくれた」と感謝し、思いを胸にリオ大会に臨んだ。
 おおらかで大胆な性格は何かやってくれると周囲を期待させる。いつかは父が30年前に打ち立てた日本記録17メートル15を破る-。「ここからがスタート。経験を積み、実力を生かせるようにしたい」。支えてくれる人の思いを胸に、東京五輪への挑戦が始まる。

福島民報社

最終更新:8月16日(火)11時26分

福島民報