ここから本文です

富士通の居眠り検知センサー、なぜ耳たぶなのか

EE Times Japan 8月16日(火)11時42分配信

 2016年1月、長野県軽井沢の国道18号線碓氷バイパス入山峠付近でスキーツアーバスの転落事故が起こった。乗員乗客41人のうち、運転手2人を含む15人が亡くなる事故となり、長距離高速バスにおける安全対策が大きな社会問題になったことが記憶に新しい。

【写真:FEELythmからの通知による効果】

 警視庁の「平成25年度中の交通事故発生状況」によると、事故の約7割が「安全不確認」や「脇見運転」などのヒューマンエラーに起因する。その中でも現在、居眠りなどの「漫然運転」が注目されているという。事業用貨物自動車の事故(全日本トラック協会調べ)において、眠気を伴った漫然運転が死亡事故などの大事故になる確率が高いからだ。安全運転や脇見運転はこれまで、デジタルタコグラフ(デジタコ)の搭載やドライブレコーダ―の設置が行われてきたが、居眠りへの対策は少ないのが現状だ。

 そこで、富士通が2015年1月に発表したのは眠気を検知するウェアラブルセンサー「FEELythm(フィーリズム)」である。ウェアラブルと聞くと、腕時計やメガネ型をイメージする人が多いだろう。FEELythmが面白いのは“耳たぶ”に装着することである。なぜ、耳たぶなのだろうか、同社ユビキタスビジネス事業本部の第一ユビキタスフロントセンターでアシスタントマネジャーを務める楠山倫生氏に話を聞いた。

■独自のアルゴリズムを適用

 FEELythmは、首にかける本体部分と耳たぶに取り付けるセンサー部で構成されている。本体はバッテリーを備え、通信機能(Bluetooth Low Energy)、バイブレーション機能を持つ。重さは約90g。1日の運転時間9時間×5日間=45時間の連続使用ができるという。

 センサーは、脈波(心拍変動:RRI)を取得し、ドライバーの眠気状態を検知。本人が自覚していない「眠気予兆」と、「眠気検知」の段階で分けて通知を行う。通知は、バイブレーションに加えて、スマートフォンやデジタコからの音声通知が可能である。

 最大の特長は、同社独自のアルゴリズムにある。ただ脈波を取得するだけでは、高精度な眠気検知を行うのは難しい。FEELythmでは、取得したデータを周波数解析し、ドライバーに合わせた眠気判定基準値を自動で算出する。機械学習によって、個人差や日々の健康状態による精度のばらつきも解消し、正確な検知を行うのだ。

 楠山氏は、「精度は何%かと聞かれることが多い。しかし、脈波は個人差や日々の健康状態によって変わるため、100%の精度には絶対ならない。そのため、FEELythmは独自のアルゴリズムと機械学習で、100%により近づけていくイメージ」と語る。

 また、運行管理システムと連携することで、運行管理者に対しても検知した情報を通知でき、客観的なデータに基づいた運行マネジメントが可能になるとしている。

■なぜ、耳たぶなのか

 なぜ、耳たぶなのかに話を戻そう。脈波のセンシングには、耳たぶ以外にいくつかの方法が考えられる。同社が検証したのは、(1)胸部装着型、(2)指輪や腕輪型、(3)座席シート、(4)ハンドル、(5)マイクロ波だ。

 胸部装着型のメリットは、心臓に近い部分に直接貼りつけるため、精度が高いことである。しかし、肌に直接貼る電極パッドが必要なため、肌荒れを起こす可能性がある。パッドの交換も不可欠でコストも増加してしまう。装着時における違和感の声も多いという。

 指輪や腕輪型は、筋肉が集中しているところに装着するため、体動によって発生するノイズで精度に影響を与えてしまう。そのため、運転で筋肉が動くときに、安定して脈波をとりずらい。座席シートも同様に、振動や体動の影響でノイズが発生しやすい。

 ハンドルは、ドライバーにとって抵抗感のない方式ではあるが、片手ハンドル時に計測するのが難しく、手袋を着けた場合でも精度に影響が出てしまう。

 マイクロ波は非接触であるため、ドライバーの抵抗感は最も低いだろう。しかし、車載機器からのノイズの影響を受けやすい上に、コスト面での難しさもある。

 その点、耳たぶは筋肉がないため、センサー部のズレや体動によるノイズの影響を受けにくい。そのため、安定した脈波を取得できるのだ。楠山氏は、耳たぶに取り付ける抵抗感について、「使用していくうちに、ほとんどなくなる」とする。私もFEELythmを実際に身に付けてみたが、想定した以上に「邪魔になる」という感覚はなかった。

■約10年にも及ぶ開発の苦労

 FEELythmの基礎技術開発には、富士通研究所を中心に約10年の期間を要している。楠山氏は、「脈波を取得する方式はもちろん、人によって異なる脈波をどうチューニングするかをシミュレーターで実証実験するのは特に苦労した」と語る。

 製品化が進んだのは、環境による要因も大きい。センシングの基礎技術や理論は、富士通研究所で開発できていた。しかし、FEELythmのプロトタイプは、本体部分が現在より大きく、単三電池を4本入れても1~2時間しか動作しなかったという。つまり、製品として市場の要求を満たすには難しい状況だったのだ。スマートフォンやBluetooth Low Energyなどの技術的な進化により、小型化と低消費電力化が急速に進んだ。

 「2014年に事業化フェーズに入ったときは、まだプロトタイプの状態だった。販売推進サイドの私たちは、単三電池を400個くらい買って、バス会社へ『お願いします!』と公道での実証実験を頼み込んでいた。ものすごく嫌がられたのを覚えている(笑)。バス会社からのフィードバックを得ながら、2015年1月の発表までに運用面でのギャップを埋めていったことが、販売推進サイドの私たちが苦労したことである」(楠山氏)

■高速バス会社へ採用が決定

 楠山氏は、FEELythmで居眠り運転の予兆を検知することで、ドライバー本人が眠気に対する“自覚”を持つこと、管理者にとってドライバーの状態が“見える化”することが重要と指摘する。見える化したデータにより個人の特性を捉え、ドライバーの疲労軽減や、効果的な安全指導につなげることが最終的な狙いにある。

 実際に、FEELythmを使用しない状態と装着している状態で比較すると(下記図)、使用しない状態では覚醒度が低下した状態が継続し、眠気による危険度が増大していることが分かる。装着している状態では、バイブレーションによる通知に反応しているため、「眠気予兆、検知での注意喚起として効果がみられた」(楠山氏)という。

 発表から1年以上が過ぎ、同社は販売活動を進めてきた。2016年7月には、高速バス事業を運営するウィラーエクスプレスジャパンが、同年10月までに約200台のバスへFEELythmを導入すると発表している。楠山氏は「引き合いは増えてきたが、まだ認知度が足りないのが正直なところ。安全に対する意識は高まってきているが、業界の方々がFEELythmのような機器の存在を知らない場合が多い。各地域でセミナーを開催して、徐々に認知度を上げていきたい」と語る。2018年中に、累計7万台の販売を目指す。

 将来的には、健康機器のデータとの連携を行い、眠気判定データと組み合わせた分析ツールを提供予定。また、脈波は眠気以外にも「集中度」「ストレス疲労」などが検知できるため、それらを生かしたサービスも検討していきたいとした。

■3種類の製品形態

 FEELythmの製品形態は、富士通製デジタコと連携した車載機連携型、スマートデバイス連携型、スタンドアロン型の3種類となっている。車載機連携型のセンサー本体の価格は3万8000円で、専用のレシーバー(2万2500円)+シリアル通信ケーブル(2500円)=6万3000円が必要になる。スマートデバイス連携型のセンサー本体は5万円、Android4.4.2以上/Bluetooth4.0搭載端末のスマートフォンが必要である。オプションにより異なるが、本体価格とは別に運行管理SaaSシステムの月額費用が掛かるという。低コストで小規模運用で始めたい場合は、スタンドアロン型を選択すると良いだろう。

 導入にあたっては、国土交通省が定める「過労運転防止のための機器導入に対する補助制度」が利用できる。1事業者当たりの限度額は80万円で、取得に要する経費の2分の1が補助される。つまり、デジタコ連携型の場合は1台あたり、3万1500円が補助されるのだ。募集期間は2016年7月1日~11月30日となっているが、予算がなくなり次第終了なので注意してほしい。詳細は、国土交通省のWebサイトから確認できる。

 なお、「心臓疾患やてんかんの発症前に検知できるようになるか」と聞いたところ、「眠気のデータと体の異変に相関関係が見つかったなら、可能性としてなくはない。現状のFEELythmは、それらの発症前に検知するのは難しいだろう」(楠山氏)とした。

最終更新:8月16日(火)11時42分

EE Times Japan