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錦織圭選手を音楽で支えた日本人DJのnujabesとは、報道で話題に

MusicVoice 8/16(火) 17:49配信

 リオ五輪のテニス男子シングルスで銅メダルの快挙を成し遂げた、錦織圭選手を音楽で支えたのは、日本人DJのnujabes(ヌジャベス)さんだったことがスポーツ報知で報じられ、話題になっている。錦織選手は試合前に、nujabesを聴いて精神統一をするのだという。

 ヒップホップトラックメイカーのnujabesは、本名を瀬葉淳と言う。<Sebajun>の逆さ読みでnujabesという名を付けたという彼は、1974年に生まれの日本人。交通事故により2010年に交通事故で他界、享年36歳だった。もう彼から新しく生み出される音楽は聴けない。しかし彼の音楽は今でも世界中で愛されている。

 彼のキャリアのスタートは、1995年。21歳で「Guinness Records」というレコード店を渋谷にオープンさせるところから始まる。この時、「渋谷系」という未だ整理のつかない音楽ムーヴメントの渦中であった。今よりも東京の文化が世界の文化と関連し、隣り合っていた時代である。

 その流れの中で色々な音楽や文化に触れながら、nujabesは70年代、80年代のジャズに影響を受けたトラックメイクを持ち味に才能を発揮。いわゆる「ジャジーヒップホップ」と呼ばれる音楽の先駆となり、ヒップホップシーンのカリスマとまで称されるほどまでになった。

 その名声はアニメ『カウボーイビバップ』を手掛けた渡辺信一郎監督にまで届く。音楽に相当こだわることで有名な彼の熱意を受け、nujabesは『サムライチャンプルー』の音楽を数トラック担当することになる。この作品は時代劇アニメとヒップホップの融合ということで話題になったものだ。この仕事により世界的なジャパニメーションの人気とともに日本国外にも増々その名が知られる様になった、

 まだまだ彼の生み出す音楽を聴きたいと誰もが思っていたが、運命の2010年2月26日。彼は交通事故で生涯を終えた。その死についてはたくさんの関係者が驚き、悲しみ、追悼の意を示した。六周忌となる今年も東京、大阪、神戸で縁のあるアーティストたちがトリビュート企画をおこなっている。

 生前のオリジナルアルバムとしては「Metaphorical Music」(2003)、「Modal Soul」(2005)。死後に「Spiritual State」(2011)「Luv(sic)Hexalogy」(2015)があった。

 錦織選手は自身で選曲したnujabesコンピレーション作品『Kei Nishikori meets Nujabes』をリリースしている。また、好きな曲は「luv(sic)」だと語った。これはnujabesが人気ラッパーのShing02と共作した6部作である。(文・小池直也)

最終更新:8/16(火) 17:49

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