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[コラム]THAADと言論の自由

ハンギョレ新聞 8月16日(火)23時36分配信

 何が国益かという論争は封じておき、国益を害するので無条件に反対してはならないということは、言論の自由、民主主義の後進国でのみ起きることだ。

 「竹島を日韓両国の共同管理にできるならば良いが、韓国が応じるとは思えない。それならもう一歩進んで島を譲歩してしまえばどうだろうかという夢のようなことを考える。その代わりに韓国はこうした英断を高く評価して『友情の島』と呼ぶ」

 最近亡くなった日本の代表的知韓派言論人、朝日新聞の主筆を務めた若宮啓文氏が在職中の2005年3月に自身のこういう「夢想」を託したコラムを書き、日本国内で大きな波紋を起こしたことがある。日本の右翼団体が連日新聞社の前に集まり、彼を「逆賊」「売国奴」と非難し、物理的な危害まで加える険悪な状況だったという。当時が韓日両政府間に独島(ドクト)問題を巡る激しい「外交戦争」があった時期であることを考えれば、途方もない勇気を持たずには書けない文だ。しかし彼は、脅迫に屈するどころか一層強く自身の主張を押し進めたと、今年6月ソウルで開かれた彼の追慕会に参加した新聞社の後輩は回想した。

 米紙ニューヨークタイムズは、ベトナム戦争真っ盛りの1971年、米国政府が国民を欺きベトナム戦争に不法介入した事実が書かれた国防省の秘密文書(別名「ペンタゴン・ペーパー」)を入手し報道することによって、一躍最高の国際的な政論紙として屹立した。当時のリチャード・ニクソン政権は、この報道が「国家安保を脅かす」と脅迫し、機密漏洩罪で告訴して出版禁止訴訟まで行ったが、新聞社は主張を曲げず、米国最高裁は同紙に勝訴判決を下した。要旨は、国家安保を理由に民主主義体制で核心的な機能を遂行する言論の自由を制約することはできないということだ。

 世界的に信頼と公正性の分野で同紙が新聞の代表走者ならば、英BBC放送は放送の代表選手だ。もちろんBBCのこうした名声も一日でできたわけではない。近くは1987年のアルゼンチンとのフォークランド戦争の時、マーガレット・サッチャー首相の決断と業績を称賛する特集番組を編成してほしいという政権の要求を断り、戦争報道で厳正中立と公正の原則を守るため、自国の軍隊を「我が軍」ではなく「英国軍」と呼んだ「非愛国」の蓄積があった。さらに遡れば、第2次大戦時に愛国報道で埋め尽くされたドイツや日本のメディアとは異なり、戦況をありのまま正確に報道し視聴者の信頼を得た経験に根ざしている。

 こうした事例は、国益と言論の自由は必ずしも一致せず、時には激烈な衝突を生むことを見せる。さらに重要なことは、言論の自由は当代の政権との不和と摩擦の中で成長・発展するほかなく、そうしたドロ沼をくぐり抜けた報道機関とジャーナリストのみが言論の自由と民主主義の「名誉の殿堂」に入る資格を得るという事実だ。また、そうしたことを容認する社会が先進民主主義社会である。

 こうした点に鑑み、最近韓国で起きている「THAAD(<サード>高高度防衛ミサイル)配備賛否と国益論争」は、韓国社会の言論の自由と民主主義の水準を測る良い定規と言える。

 初めは一部の保守マスコミがTHAAD配備に反対する学者と元官吏が中国メディアに寄稿したりインタビューをしたことを問題にし、「売国」とか「事大主義」とか言って煽り、それにセヌリ党が加勢して論議が始まった。後には、共に民主党所属の議員6人が、中国側の学者などとTHAAD問題を議論するために中国を訪問するという事実が知らされ、騒動が一層拡大し、大統領府広報首席と大統領までが加勢して野党議員が中国に同調する非愛国的行為をしているかのように非難した。「安保問題と関連して近隣諸国の顔色を見ることを、悪化した国民の安保利害より優先させてはならない」(7日キム・ソンウ広報首席)、「国家安保については内部分裂を加重させず超党派的に協力することが政治の基本責務」(8日朴槿恵(パククネ)大統領)と、あたかも中国に行くこと自体が問題であるかのように話したが、主張の核心は国家安保を考慮してTHAAD配備を決めたので、反対の主張をしてはならないということだ。ここでの中国は、THAAD配備反対論を効果的に鎮めるために動員した国民感情そそのかしの材料に過ぎない。中国に行かない野党議員のTHAAD配備反対主張に対して「北朝鮮同様のあきれた主張」という「従北」(北朝鮮シンパ)レッテル貼りを見ても分かる。

 何が国益かという論争は封じておき、国益を害するので無条件に反対してはならないということは、言論の自由、民主主義の後進国でのみ起きることだ。そういえば、現政権がスタートしてから韓国の言論自由指数は歴代最低ではなかったか。

オ・テギュ論説委員室長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:8月16日(火)23時36分

ハンギョレ新聞

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。