ここから本文です

設立から1年半、迷走するソシオネクスト

EE Times Japan 8月17日(水)13時32分配信

■トップの人材の流出

 EE Timesのこれまでの取材で、ソシオネクストの欧州支社であるSocionext Europe(以下、Socionext)内外の複数の情報筋が「トップクラスの技術人材または経営人材」と評した社員のうち少なくとも4人(あるいは5人)が既に同社を去っていることが分かった。それらの社員は2016年8月1日付でAcacia Communications(以下、Acacia)に入社したとみられる。

 この事態はSocionextにとって二重の苦難である。まず、ソシオネクストは(富士通とパナソニックのシステムLSI設計開発部門を統合したとはいえ)2015年3月に発足したばかりの企業である。同社の柱とされている事業部門を、主要メンバーを欠いた中でどう存続していくのか、その方法を見いださなくてはならない。

 その上、シリコンフォトニクスとDSPの専門知識で知られるAcaciaが、突如として高速D-Aコンバーター(DAC)やA-Dコンバーター(ADC)の豊富な経験を持つ、層の厚い人材を得たのである。

 Acaciaは、100Gビット対応のルーターやスイッチに直接差し込めるDigital Coherent Optics(DCO)市場の力学を一挙に変える可能性を手にした。

 M&Aでは、従業員の離職はある程度見込まれるものだ。それは企業が準備しておくことのできる“想定内のリスク”といえる。だが、実際にSocionextが、これほどの人材流出が早い段階で起きることを予見していたかどうかは不明である。ましてや、同社がそれに備えることができたかどうかは、もっと分からない。

 Socionextを去った人材は、全員が同社の光ネットワークSoC(System on Chip)設計チームの高度な技術スタッフだった。彼らは正真正銘の差異化技術(カスタムASIC、IP[Intellectual Property]、長距離光ネットワーク機器向けの高速ADCやDACなど)を設計する上で重要な役割を担っていた。

 これらのチップは外側からは見えない。光ネットワーク機器には不可欠な部品であり、NokiaやHuawei、Cisco Systemsなどが設計した通信機器の奥深くに組み込まれている。ソシオネクストはそのようなチップの世界市場を独占しており、シェアは85%に及ぶともいわれている。

 複数の情報筋がEE Timesに語ったところによると、ソシオネクストの投資家のうち、特に日本政策投資銀行(DBJ)は、合併を立案する際、英国に拠点を置くネットワークSoC設計チームを同社の“重要資産”と見なしていた。ソシオネクストの株主構成は、富士通が40%、パナソニックが20%、DBJが40%である。

 ここ数カ月や数週間で、ソシオネクストは設計チームの頭脳流出を止めようと、重役を英国に派遣した。だが、土壇場での慌ただしく唐突ともいえる説得策では、離職を食い止めることはできなかったようだ。

 ある情報筋が指摘した通りなら、Acaciaに流出した以外の、経験が浅いエンジニアから中堅のエンジニアまでも、履歴書を手に路頭に迷っているとみられる。

■Broadcomとの厳しい戦い

 ソシオネクストは新興のファブレス企業で、わずか16カ月前に設立されたばかりだが、その規模は並外れて大きい。2700人の従業員を抱え、7つの事業部門にわたる幅広い製品ポートフォリオを持っている。

 同社は2015年の設立時に新規株式公開(IPO)を計画していて、恐らくは早い時期にそれを実現できると見込んでいた。同社の2016年の売上高見込みは1400億~1500億円で、現在の利益率は約10%である。ソシオネクストはIPOまでに利益率を15%まで上げることを目標に掲げている。

 同社の情報筋によれば、ネットワークSoC事業は、その独自の技術によって、既に15%の利益率を達成しているという。

 だが、主に英国に拠点を置く光ネットワークのチップ設計チームにとっては、ソシオネクストが長期的に発展し続けていくのは難しいことに見えたようだ。

 その理由の1つとして、日本から派遣された経営陣が、エンジニアリング関連の経常外費用をゼロにすると強く主張していることが挙げられる。

 ソシオネクストは、ネットワークチップ業界の最大手であるBroadcomとの競争に直面している。Broadcomは、データセンター内の光相互接続(例えば、サーバへのイーサネットスイッチ)からデータセンター間ネットワーク市場まで製品ポートフォリオを拡大することで、長距離光ネットワーク機器市場で勢いを増している。

 Broadcomが、“いかなる代償を払ってでも”という精神でチップのデザインウィンを狙う中、一方のソシオネクストは困難に直面している。Socionext内部のある情報筋は、「入札にすら参加できなかったケースも幾つかある。英国でわれわれが目にしている現実と、日本の経営陣の考え方には大きな隔たりがある」と述べた。

 ソシオネクストの製品は、ファイバーネットワーク市場を独占している。NokiaやCisco Systemsなどのネットワーク機器ベンダーは、独自のDSP、IP、アルゴリズムを持つ一方で、ソシオネクストからネットワークSoCや高速DACおよびDACを調達しないとシステムを完成させることができない。

■大きな隔たり

 Socionextの設計チームは、その誇りである独自の技術的な原動力によって、新製品の開発や新たな市場、顧客の開拓を実現してきた。例えば、同設計チームは4世代に渡るプロセス技術を用いて数々のASICを生み出しており、その数は20種にも及ぶ(富士通時代に開発したものを含む)。Socionextのある情報筋によると、同チームは16nm、10nmから7nmまでのプロセス技術のロードマップを必要としているという。この情報筋は「もちろん、現段階では7nmプロセス関連の契約を結んだ顧客はいないが、われわれはすぐにでも7nmの準備を始めるべきだと思う」と述べた。

 だが、日本人マネジャーからの反応は「顧客の反応を待とう」というものだという。リスク回避型のリーダーシップは、既存の市場にしか興味を持たないようだ。ある情報筋は、事態はSocionextにとって非常に悪い形で収束するだろうと確信しているという。

 ビジョンも戦略もなく、市場を把握しているわけでもない、決算書しか見ていないような経営陣の元で、SocionextのSoC設計チームは窮屈さを感じているに違いない。

 英国、ドイツ、米国にあるネットワークSoC設計チームは、サーバ向けSERDESの設計チームも含めると100人以上の従業員を抱えている。

 ただ、前出の情報筋は「今の状況を“集団離脱”と呼ぶのはふさわしくない」と述べる。「チームには多くの優秀な設計者がまだ残っている」(同氏)。それでも、トップクラスの技術者がSocionextを離れてしまったのは事実のようだ。

 Linkedinのプロフィル欄によれば、そうした技術者の中に、Ian Dedic氏やMarkus Weber氏がいる。Dedic氏は英国の設計チームの中心的な人物だった。Weber氏はSocionextのSoC事業部のマーケティングディレクターを務めていた。

 Weber氏は2016年の初頭にSocionextを退職し、3月にAcaciaに移っている。

 複数の情報筋によれば、AcaciaはかつてSocionextの顧客だったという。

■成長市場のネットワークSoC

 通信市場の調査を行うDell'Oro Group(デローログループ)のバイスプレジデントを務めるJimmy Yu氏は、「Acaciaの強みは、シリコンフォトニクスとDSPの両方のノウハウを持っていることだ。同社はこれらのコアとなる技術で、CFP-DCOとCFP2-ACO*)といったプラガブル光学素子の開発をリードしていくだろう。両素子には、低消費電力化と小型化を実現すべく高度な技術が必要とされる」と述べている。

*)CFP-DCO:C Form-factor Pluggable-Digital Coherent Optics、CFP2-ACO:CFP2-Analog Coherent Optics

 Acaciaは、Socionextのトップエンジニアらが同社に移籍したことについては何もコメントしていないが、シリコンフォトニクス技術を強化し、ADCとASICに関する技術力を持つ元Socionextのエンジニアと協力して、より低消費電力・低コストのフォトニクスソリューションを設計したい考えであると思われる。

 Dell'Oro Groupによると、2015年のロングホール向けDWDM(Dense Wave Division Multiplexing)の市場規模は47億米ドルだった。2016年には、さらに8%成長すると予想されている。Yu氏によると、「データセンター間通信は、DWDM技術が最も使われる分野の1つである。2015年のDWDM市場で大きなシェアを持つネットワーク機器ベンダーは、Huawei(28%)、Ciena(16%)、Infinera(15%)、Nokiaが2016年1月に買収したAlcatel-Lucent(14%)だ」という。

 Yu氏はさらに、「Acaciaは、ロングホールDWDM市場よりもメトロWDM市場に多くの製品を提供している。メトロWDM市場は2015年は56億米ドルで、2016年は9%の成長が期待されている」と述べる。

■ソシオネクストの今後は

 今になって考えると、ソシオネクストは同社が設立された時点で英国の設計チームをスピンオフまたは売却することも可能だった。ある情報筋は、EE Timesに対して「そうすべきだった」と話した。だが、特にDBJが同事業に関心を持っていたことを考えると、何らかの理由がない限り、売却という選択肢はなかった。

 2016年のソシオネクストの売上高予測が1500億円であることを考えれば、ネットワークSoC事業の約1億5000万米ドルの売上高はそれほど大きな額ではない。

 しかし、同市場は成長分野である。さらに、HEVCコーデックやグラフィックチップを含むソシオネクストの他のASICとは違って、同社は同市場で他に類のない独自製品を提供している。

 業界関係者は、「ソシオネクストが膨大な従業員と多岐にわたる製品ポートフォリオを維持し続けることはできない」と考えている。

 ネットワークSoC事業のエンジニアがこの先もSocionextにとどまるとすれば、それは同社を支えていく使命を担っていると考えるからだろう。だが、他にはない同社の独自技術の開発に対する報酬はあまり期待できそうにない。

【翻訳:青山麻由子、滝本麻貴、編集:EE Times Japan】

最終更新:8月17日(水)13時32分

EE Times Japan

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

暗闇で光るサメと驚くほど美しい海洋生物たち
波のほんの数メートル下で、海洋生物学者であり、ナショナルジオグラフィックのエクスプローラーかつ写真家のデビッド・グルーバーは、素晴らしいものを発見しました。海の薄暗い青い光の中で様々な色の蛍光を発する驚くべき新しい海洋生物たちです。彼と一緒に生体蛍光のサメ、タツノオトシゴ、ウミガメ、その他の海洋生物を探し求める旅に出て、この光る生物たちがどのように私たちの脳への新たな理解を明らかにしたのかを探りましょう。[new]