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「北陸の宝塚」人気ぶり描く かなざわ倶楽部、粟ケ崎遊園を紙芝居に

北國新聞社 8/17(水) 3:25配信

 内灘町で大正、昭和初期に栄え、「北陸の宝塚」と称された娯楽施設「粟ケ崎遊園」の歴史を伝えようと、金沢市のかなざわ紙芝居倶楽部(くらぶ)が紙芝居を制作した。地元の少女が遊園の歌劇団で活躍するまでの物語に史実を組み合わせ、遊園の当時の人気ぶりを表現した。同町によると、遊園を紹介する紙芝居は初めてで、県内の公民館などで披露する。

 「粟ケ崎の舞姫」と題した紙芝居はA3判で、粟ケ崎遊園が開設した1925(大正14)年から本館を残して焼失した29(昭和4)年を区切りに前後編の計28枚で構成した。内灘の少女、民子が家族を説得して粟ケ崎少女歌劇団に入団して活躍するも、戦時色が濃くなったことで41年に閉園するまでを描いている。

 粟ケ崎遊園の敷地が兼六園の2倍近い約19万8千平方メートルあり、劇場や動物園があったことや、当時の最先端のファッションに身を包んだ若者が多く集まったことなども盛り込んだ。

 かなざわ紙芝居倶楽部は、これまで金沢ゆかりの題材などを取り上げた紙芝居約100点を自作し、公民館などで上演してきた。森ときえ代表(62)が華やかな舞台が繰り広げられ、当時の女性の憧れであったとされる遊園を紹介したいと、内灘町の高齢者や町歴史民俗資料館「風と砂の館」の学芸員らの助言を受けて紙芝居を仕上げた。

 紙芝居は、同倶楽部が公民館や介護施設などで披露し、当時を知る人には遊園に思いをはせてもらう。森代表は内灘町と隣接する金沢市でも粟ケ崎遊園を知らない人が多いとし「県民にとって夢のような場所が戦前にあったことを周知したい」と話した。

北國新聞社

最終更新:8/17(水) 3:25

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