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中国Fintech、平安保険の野望-中国保険市場の最新動向(21)

ZUU online 8/18(木) 11:30配信

■要旨

中国におけるFintech(金融事業とITの融合)といえば、通販大手のアリババや、SNSに強みを持つテンセントといったIT関連企業が注目されがちである。しかし、もう一方の金融機関-保険会社も2015年以降、その評価を高めてきている。

中でも、既存の大手保険会社として、フィンテック分野への積極的な投資や、自身の成長戦略のあり方を大きく変えているのは、中国平安保険グループである。

平安保険は、2016年に入り、既存の保険、銀行、投資(証券)に加えて、フィンテックを4大事業の1つに据えた。今後10年間、「IT+総合金融」を戦略の柱とし、P2Pレンディングや医療・ヘルスケア分野を重点に、世界のトップを目指す。

■中国のFintech―アリババ、テンセント、、、だけではありません。

ビッグデータの解析や人工知能の活用によって、イギリス、米国を中心とする先進諸国では、Fintech(金融事業とIT(情報技術)の融合:フィンテック)の開発や普及が急速に進んでいる。

中国におけるFintechといえば、通販大手のアリババや、SNSに強みを持つテンセントの成功例が注目されがちである。

アリババが導入した商品やサービスの代金を支払うオンライン決済(「支付宝」・アリペイ)、アリペイの口座内にある小額投資が可能なオンライン金融商品(「余額宝」)、また、オンライン決済口座での取引や与信情報を活用した小口融資(「アリ金融」)など、このわずか数年で、国内の金融サービスのあり方を変えた功績は大きい。

つまり、これまで、中国のフィンテックの普及は、金融機関側ではなく、IT関連企業側が中心となって、推し進められてきた。一方、金融機関―保険会社はこの状況をただ傍観していた、というわけではない。2015年のFintech企業100社の1位には、オンライン専業の衆安保険(ZhongAn)が選出されている(*1)。

衆安保険は、設立されて間もなく、規模はまだ小さいものの、大手機関投資家から多額の融資を受けるなどその潜在的な成長性が評価を受けた点が奏功したのであろう。

衆安保険は上掲のアリババ、テンセントなどが出資した保険会社である。しかし、その衆安保険の背後に控えている企業の1つに、中国保険業において第2位の規模を持つ中国平安保険グループ(以下、平安保険)の存在があることは、あまり注目されてこなかった(*2)。

平安保険はこうしたフィンテック分野におけるスタートアップ企業への積極的な投資もさることながら、既存の大手保険会社としても、自身の成長戦略のあり方を大きく変えてきている。

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(*1)〔参考文献〕「Fintech(フィンテック)100、1位の衆安保険を知っていますか?」(中国保険市場の最新動向(20)2016年6月21日)
Fintech100:2015年12月に、KPMGとH2 Venturesが世界19カ国において、最も成功しているフィンテックイノベーター100社を発表。Fintech100の上位50社には、中国企業が7社選出されている。
(*2)平安保険は、衆安保険に12.1%出資しており、保険経営のノウハウ全般をサポートしている。
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■平安保険―フィンテックを4大事業の1つへ

平安保険は、中国の保険業界において、ある意味、先駆者のような存在といっても過言ではないであろう。

最大手の保険会社の多くが国有企業である中、平安保険は民間の保険会社であるが、これまで国による実験的な施策や新たな措置を率先して導入してきた。保険の銀行窓販や、保険会社を中心とした銀行への出資など金融コングロマリットの形成などにおいても、まず平安保険が範となり、安全性や問題点を確認した上で、最大手の国有系の保険会社が順次導入していくというのが通例であった。

平安保険の総合金融会社としての特性や経験、これまでの通例を考えれば、中国のインシュアテックの分野においても、業界をリードする存在になるであろうことに何ら不思議はない。

平安保険は、2015年の総資産が4兆7651億元(およそ87兆円)、収入保険料(生損保合計)は、前年比18.3%増の3860億元(およそ7兆円)で、生保・損保ともに業界第2位を維持する保険グループである(*3)。収入保険料を含むグループ全体の売上げは前年比33.9%増の6932億元(およそ13兆円)、営業利益は前年比49.1%増の929億元(およそ2兆円)と、2015年は大幅な増収増益となった。

平安保険は、これまで保険、銀行、投資(証券など)の3事業を収益の柱としてきた。2015年の純利益(652億元)の構成を見ると、保険部門が48.3%(生保:29.1%、損保:19.2%)、銀行部門が32.8%、投資(証券・信託)部門が8.3%、その他が10.6%を占めており、収益の最大の柱は、保険事業である。

平安保険は2016年に入り、これまでの保険、銀行、投資(証券)の3事業に、フィンテックを4本目の事業として正式に加えた。平安保険は、これによって、オンラインとオフラインを結ぶ新たなサービス(O2O)の開発や普及など、フィンテック事業を将来における収益の柱の1つとなり得る存在として位置づけたことになる。

平安保険におけるインターネットと金融事業の融合は、この10年ほどの間、試行錯誤を繰り返しながら前進をしてきた。特に、2011年末にP2Pレンディングのスタートアップ企業である陸金所(Lufax)を傘下に設立したあたりから、業務展開が加速している。そういった意味においても、2015年は、フィンテック分野への努力が評価を得た1年といえよう。

例えば、上掲のFintech100において、陸金所は11位に選出されている。陸金所は、ネットを介して資金の貸し借りを結ぶサービスである。平安保険のトップ馬明哲氏によると、2015年末時点で、平安保険のネットユーザー数は2億人を突破、そのうち、陸金所の登録ユーザー数は1831万人で、取引高は1兆6000億元(およそ29兆円)と、取引量では世界第1位となった。

平安保険自身については、イギリスで開催されたFintech Innovation Awards 2016において、保険イノベーション賞にアジアで唯一選ばれている(*4)。

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(*3)中国平安保険の総資産、収入保険料、営業利益、純利益の出典は2015年の同社の年報である。売上げについての出典は平安保険のウェブサイトである。2015年末時点の数値については、1元=18.3円で換算(2015年12月31日)。
(*4)Fintech Innovation Awards 2016:イギリスのデジタルマーケティングの会社であるContensive社が開催し、その年にフィンテック分野で傑出したイノベーション、テクノロジー発展へ貢献した企業について評価を行う。
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■今後10年間の戦略―IT×金融×生活サービス

フィンテック分野での世界的な評価を受け、2016年の元旦、馬明哲氏は、今後、平安保険が迎える新たなステージと特に重視する2つの分野について発表をした。

それによると、国の成長戦略の1つである「インターネット+」に則って、平安保険は「インターネット+総合金融」を戦略の柱に据えるとした。既存の保険、銀行、投資事業の成長は維持しつつ、今後の重点は、それらを融合し、更に発展させたフィンテック分野に置くとしたのである。特に重視される分野は、P2Pレンディングなど個人の金融資産の活用「資産管理」と、医療・ヘルスケア分野「健康管理」である。

「インターネット+総合金融」の戦略については、2014年6月時点で大きな枠組みが発表されていた。その後、2015年の1年間をかけて、上掲の2つの重点分野について具体的な検討が進められていたのであろう。2025年までの10年間の目標として、これまでになかった「世界のトップ」を意識した内容が散見され、平安保険は今後、世界的な総合金融機関でありながら、フィンテックの普及によるユーザーの生活に密着したサービスを提供する最大手のサプライヤーを目指すことになる。

■社会インフラや社会サービスの一翼を担う存在に

では、平安保険は、具体的にはどのようなことを考えているのか。平安保険が今後重視する分野の1つ、P2Pレンディングは、現在最も勢いがあるものの、大小のスタートアップ企業が3000社と乱立しており、今後、当局による規制の強化など、不透明な部分が残る点は否めない。

ただし、既存の保険、銀行、投資事業から得られた資産や健康に関するビッグデータを解析し、レンディングにおける信用度判断の際の精度の向上や、貸付割合の算出への応用は視野に入れているようだ。つまり、本業の保険商品の販売による収益以外に、グループの既存の事業を活用した、新たな収益の確保に乗り出すであろう。

一方、医療・ヘルスケア分野については、まず、平安保険が開発した健康に関するアプリやウェアラブル端末との連動から顧客の健康状況を把握し、保険料の割引や新たな商品の開発が考えられている。顧客側は、保険料の支払いから保険金等の給付まで平安保険が持つオンライン上での手続きが可能となり、効率化が一層進むであろう。

ただし、平安保険が目指す医療・ヘルスケア分野への進出は、保険商品に関する健康優良割引や手続きの利便性の向上等にとどまらない。むしろ政府では手が回っていない医療インフラの補完や再構築によって、社会サービスの一翼を担う存在になることにあるのではないであろうか。本来なら政府が解決するべき課題であろうが、政府による医療制度の改革や整備が思ったよりも進んでいない現況下では、民間セクターへの期待も高い。

具体的には、医療機関や公的医療保険制度の改革といった「公的」なカラーが強い分野ではなく、それを支える補完的なサービスをオンライン及びオフラインにおいて提供していくことにある。

平安保険は、昨年、スマホのアプリとして「平安好医生」(Ping An Good Doctor)を発表した。このアプリは、日々の健康管理はもとより、軽度な症状でも、平安保険が提携する4万人の医師とオンライン上での健康相談、症状が重ければ、3000の提携病院や診療所の予約も可能としている。提携先の医療機関で診療を受け、平安保険の医療保険商品に加入している場合は、保険を通じて直接的な給付も可能にしていく予定だ。

また、一般的な流通薬のみならず、慢性病などで定期的な購入が必要な専門薬についてもネットでの購入を可能とする。上海、北京、深セン市などの大・中小規模の都市においては、急ぎの場合、2時間以内の配送を目指すとしている。当然のことながら、その支払いも平安保険がもつオンライン口座で瞬時に可能だ。

中国では高度な設備が整った医療機関や、医師は都市部に集中している。また、公的な医療保険制度の加入者の多くは自己負担額が高いと感じている。これまで、都市部の病院で診察を受けるには、予約をするためだけに長時間並ぶ必要があり、それに要する人的、時間的コスト、更には自己負担額を考えれば、軽度な症状の段階での医療アクセスはしにくい状態にあった。

平安保険は社会における医療インフラを補完し、人々の生活に密接する医療サービスの利便性を向上させ、一方で、それによって得られたビッグデータを本業である保険商品のリスクコントロールや保障内容の拡充にも広く還元するという、政府、ユーザー、自社の相互利益を実現するつもりでいる。

発表からわずか1年の2016年末時点で、「平安好医生」のアプリのダウンロード数は3000万を超え、サービスを利用したユーザー数の1日の最高値は130万人に上っている。平安保険の発表によると、2015年は、その他の健康関連のアプリのダウンロード数と比較して、「平安好医生」のダウンロード数の割合が最も多かったらしい。

平安保険は、今後、このようなアプリを通じたサービスのユーザー数を、ひとまず自社が抱える顧客数の8000万人まで拡大する予定だ。ネットユーザー数が7億人という国内マーケットが、世界最大のマーケットでもあることを考えると、平安保険が考える世界トップという野望もあながち無謀とは言い切れない。

片山ゆき(かたやま ゆき)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 研究員

最終更新:8/18(木) 11:30

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