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大貫妙子ソロ40周年、音楽をやめる選択もあった

オリコン 8月20日(土)8時40分配信

 今年でソロデビュー40周年を迎えた大貫妙子。1973年に山下達郎らと結成したシュガー・ベイブを経てソロとなり、長きにわたり日本のポップミュージック界で活躍してきた。独自の世界観を確立している大貫だが、40年の間には音楽活動を断念することも考えたという。そんな時代を乗り越えて、“今が一番楽しい”という理由とは?

【写真】70年代の大貫妙子、山下達郎らとのシュガー・ベイブ時代

◆いろいろと指示されることが多くて、音楽やめちゃおうかなと思った

――ソロデビュー40周年を記念したBOXアルバム『パラレルワールド』も発表されましたが。大貫さんは、40周年をどう捉えてますか?
大貫妙子 『パラレルワールド』は、とても面白い内容になっていますよ! 個人的に40周年はとりわけビッグイベントではないですね(笑)。私自身は、特別なことをするつもりではなかったんです。でも、「大貫さん、この先“○周年”はないかもしれないから、今やっておいたほうがいいんじゃないですか?」って冗談まじりにスタッフに言われて、「そうねぇ、この先の10年は約束できないから、一回くらいやっておきましょうか」みたいな感じで(笑)。シュガー・ベイブの40周年を3年前にやったので(1973年デビュー)、今回はソロになってからの40周年ということで、お受けいたしました。

――40年間で、ご自分でもっとも変化したなと感じる部分はどんなところですか?
大貫妙子 当然ですが、学んできたことは多いです。最初の頃は自分の好きなように音楽を作ってきたんですけど、3rdアルバムの時初めてプロデューサーを迎えました。いろいろと指示されることが多くて、音楽やめちゃおうかなと思ったこともありましたね。フラフラしてたら再び声をかけてくださる方がいて、また音楽を作り始めた。そうやって、受け入れる部分と違和感の中で、学んできたことが多いんだなって感じます。結局、自分の好きな音楽と、自分の持ってる声やメロディラインが必ずしも一致するとは限らない。ジャンルに関係なく、自分をいちばん生かすサウンドや世界をずっと模索しながら、だんだん育ってきたんだなぁって感じるんですよね。

◆自分で見たものや経験だけが自分にとっての言葉になる

――大貫さんはソロになってから、基本的にスタイルを変えずにやってこられましたよね。
大貫妙子 まあ、同時代に始めた矢野(顕子)さんも変わらないですからね(笑)。でも、時代に合わせるとか、あるいは売れなくなって方向を変えてしまうとか、極端にそういうことはしてきませんでした。作詞・作曲・歌という三位一体が基本ですから。もちろんアルバムの売上が落ちることはありましたけど、むしろその期間こそ自分のために有効活用しようと。ブラジルに行ったり、フランスに行ったり、スペインに行ったり……。旅に出るたびにアルバムの雰囲気が変わるので、それまで聴いてくれてた人達が「私の好きな大貫さんじゃない!」と、さらに売上が落ちることもありましたけど(笑)。でも、音楽に対して自分が楽しくわくわくし続けられることがなにより大切なことだと思っているし。それは音楽に反映されますから。したいことをするというのは簡単なことではないです。ファンの方が望むものではなかったとしても、そのアルバムが自分の思う商品としての基準値を必ず満たしていることが自分に課された仕事ですから。趣味ではないけれど、それを受け止めてくださったファンのみなさまの理解に支えられてきたと思っています。結果、自分のスタイルは維持されてたのかなと思います。私、90年代は1年のうち3分の2は日本にいなかったですから。

――大貫さんの曲からはいつも風景を感じます。
大貫妙子 自分で見たものや経験だけが自分にとっての言葉になるので、世の中の誰がどうしたとか、頭の中で作った話や借りてきた言葉は歌っていてもつまらないんですよね。もともと、メロディとサウンドがあれば音楽は成り立つと思っているので。

◆山下(達郎)くんは、大きい掃除機で吸い込んでしまうみたいな声

――歌い手としてのご自分はどう変化されたと思いますか?
大貫妙子 ええもう、ヘタな大貫さんをなんとかしなきゃと思って、すごく努力してきました。声量はないし……。歌手はやっぱり、ライブではとくに声が大きい方が圧倒的なんですよね。声量のある人には絶対に勝てない。でも、持っていないので、声量のない私がどうしたらよいかを考えた。そして、放った矢がまっすぐ届くような声、それを磨いてきたんですよね。山下(達郎)くんとか、(井上)陽水さんとか、とにかくすごいじゃない? 大きい掃除機でガーッとオーディエンスを吸い込んでしまうみたいな声(笑)。うらやましいです。小田和正さんは、またそのどちらでもなく、素晴らしい声の持ち主ですよね。

――今のスタイルでやっていこうと思えたのはいつくらいですか?
大貫妙子 なかなか乗り越えられない時期もあって……納得できるようになったのは近年ですね。レコード会社と契約することをやめて、自由契約にしてからかな。歌えるようになったし、今がいちばん声も出るようになったし、特に楽しいと感じてるのも60歳を超えてから。普通は体力も落ちていくんでしょうが、信頼できる整体師さんと二人三脚で身体の管理はしっかりしてるので、調子はすごくいいんです。いまのところ。

――そのぶん、ステージもやりやすくなったんじゃないでしょうか。
大貫妙子 と思うでしょ?でも、できればステージに立ちたくないんです、怖いもん(笑)。なんとかベストは尽くしたいけど、音響とかいろんな問題もある。私、ハンドマイクでは歌えないし、マイクスタンドの前から動けないんですよ。

――と言いつつ、12月にはシンフォニックコンサートが予定されてますけど(笑)。長いお付き合いになる千住明さんとのステージ、楽しみですね。
大貫妙子 千住さんとお会いしたのは30年前。今までも彼のオーケストラのコンサートに呼んでいただいて、2~3曲歌うことはあったんです。でも、今回はふたりで一緒にやるステージなので、いつもと少し違いますよね。単にオーケストラの前で歌うのはよくあるけど、もう少しバンドも入って、そこにオーケストラが乗っかっている感じ、というか。もっとポップスに近くて、だけどエレガントで大人っぽいものをやろうと思ってます。楽しみですね、怖いけど(笑)。
(文/川上きくえ)

最終更新:8月22日(月)18時16分

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