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稲田朋美防衛大臣を不安に思う理由

ニュースソクラ 8/18(木) 12:00配信

後援会長は「憲法無効論者」の渡部昇一氏 在特会からも献金

 第三次安倍再改造内閣の「目玉」と称される稲田朋美防衛相。当選5回以上で大臣に任じられるのが自民党では一般的だが、同女史は2005年9月の衆院選で初当選、2012年12月の3選後は行政改革担当相、次いで同党政策調査会長となり、2014年12月に4選され、今回防衛相に抜擢された。

 安倍首相は2010年12月、稲田女史の著書『私は日本を守りたい』の出版記念パーティーのあいさつで、「日本で初めての女性の総理が出るなら、稲田朋美しかいない」と明言し、自らの信条の後継者として育成するため、防衛相に選んだ、と見られる。

 早大法学部卒業後すぐ司法試験に合格、26歳で弁護士となっただけに、国会の質疑応答は論理的で舌鋒鋭く、安倍総理が重用する理由は十分あると思われる。だが、その思想は自民党の中でも最も右寄りに属し、上記の出版記念パーティーで演壇に立った麻生太郎・現副総理は「稲田さんと渡部(昇一)先生(稲田女史の後援会「ともみ組」会長、上智大学名誉教授)に比べれば、私もここにいる石破さん(防衛相などを歴任)も左翼」と言って、参会者を笑わせた。

 若手議員の政策集団「伝統と創造の会」を組織し、毎年4月28日(対日講和条約が1952年に発効、日本が主権を回復した日)と、8月15日には靖国神社に昇殿、参拝し、戦没者を「国がきちんとお祀りすべきだ」と唱える。雑誌「WiLL」の06年9月号掲載の「自民党新人大討論」では、「靖国神社は不戦の誓いをするところではなくて、祖国に何かあれば後に続きます、と誓うところでないといけないんです」と述べ、憲法9条改正で戦死者が出た場合、国家として慰霊しなければ、誰が命をかけて国を守るか、安全保障の問題につながる、との持論を展開した。

 「東京裁判(第二次大戦後に連合国が行った戦犯裁判)は、事後立法(事件発生後に作った法律)によるので、罪刑法定主義の原則に反する。ポツダム宣言にも反する」との彼女の説には理があるが、「東京裁判史観からの脱却をめざす国民運動で戦後レジーム(体制)からの脱却をはかるべき」「6年8ヶ月の占領下で失われた日本の国柄を取り戻し、国の名誉を回復しなければなりません」と言うのが稲田女史の信念だ。

 韓国との慰安婦問題などについては「国際的常識の通用しない国・・・そういう国にいくら配慮しても無駄であり、逆効果なのです」(「正論」2012年11月号)とする。中国に関しても「中国は日本を貶(おとし)めることが国益に合致するから、戦略として反日運動をしているのです」(「WiLL」2006年9月号)など、強い反感を示してきた。

 米国にも懐疑的で、「アメリカの進む道と日本の進む道はそもそも違う」とし、「長期的には日本独自の核保有を、単なる議論や精神論ではなく、国家戦略として検討すべきではないでしょうか」(「正論」2011年3月号)と述べていた。だが、今回防衛相に任命された後の記者会見では「現時点で核保有を検討すべきではない」と語り、靖国参拝については「安倍内閣の一員として適切に判断して行動する」と答えている。

 日本の防衛大臣がもし核保有に積極的な発言をし、核不拡散条約(NPT)脱退の動きを示せば、米国との正面衝突は不可避だ。NPTは冷戦の最中でベトナム戦争のピーク時だった1968年に、日本や西独などに原子力発電所は売りたいが、その核武装は阻止したい米国にソ連、英国が協力して作ったものだ。70年に発効したが、露骨な不平等条約だから日本は批准をためらったが、米国の激しい圧力に屈し76年に批准した。当初は発効後25年間の期限付きだったが、95年に無期限延長となった。

 日本がもし脱退すれば、NPT体制は崩壊に向かう公算が高いから、米国は何としてでもそれを喰い止めようとし、日本がそれを振り切って脱退すれば、日米原子力協定に定めたとおり、原発の燃料棒など核物質の輸出を停止し、協定12条の「返還請求権」により、現在日本にある物の返還も迫り、「脱原発」が即時に実現することになるだろう。稲田女史もNPTについての関心はたぶん薄かったから、防衛相になって現実に直面すると、急に低姿勢にならざるをえないのだろう。

 中国、韓国との関係も同様だ。北朝鮮の核とミサイルの実験、試射などに関しての情報交換も必要だし、米国の“THAAD”(サード、高高度地域防衛ミサイル)の韓国配備は北朝鮮との間合いが近い韓国よりも日本の防衛に役立つから、慰安婦問題などで対立を深めるわけにも行かない。

 中国とは東シナ海での艦船等の衝突など不測の事故を防ぎ、またそれが武力紛争に発展しないよう「海上連絡メカニズム」の構築協議が行われている。米国も南シナ海の人工島問題では中国と対立する一方、中国海軍との共同訓練や交流を進めて全面的対立を避けようとし、日中の紛争が起きては迷惑だから、日本に対して中国との信頼醸成の必要を説いてきた。防衛大臣としてその成果を挙げれば大得点になるが、従来中国に対する日本の「侵略」を否定するような発言を繰り返し、反中姿勢を示してきた稲田防衛相が中国の信頼を得て、関係改善に成功するとは期待できない。

 これらの当面の課題以上に心配なのは自衛隊員、特に若手幹部(将校)達の思想傾向に対する影響だ。稲田女史の後援会長でもある渡部氏は、田母神俊雄・元航空幕僚長が2008年にアパグループの懸賞論文で「日本は侵略国家であったのか」を出し、最優秀賞(賞金100万円)を得た際の懸賞審査委員長だったし、田母神元空将の解任後もその擁護につとめ、自衛隊幹部にはそれに同調する者も少なくなかった。

 渡部氏は「日本が占領され、主権を奪われていた時期に作られた憲法は無効。それに定めた手続きによって改正するのは憲法の正統性を認めることになる。改正ではなく無効を宣言すべきだ」との論を唱えてきた。「無効な憲法に基づく法令、制度も本質的に無効」と主張する。

これでは戦後の全ての行政や判決、契約も無効となって、日本は少なくとも一時的には大混乱し、無法、無政府状態に陥る極右アナキズムだ。2007年5月3日のYouTubeの「大道無門」で渡部氏と稲田女史が対談し、渡部氏が「憲法無効宣言をしなくてはならない」と力説するのに対し、稲田女史は「そうですよね。理論的にはそうですね」と同意を示し続け、政治家らしく現実的な問題点を指摘することは全くなかった。

 稲田女史は「サンデー毎日」が2014年10月5日号で、同女史の資金管理団体に「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の有力会員ら8人が2010年から12年にかけ21万2000円の寄付をしていたことを報じたのに対し、毎日新聞社に550万円の慰謝料と謝罪記事掲載を求める名誉毀損の訴訟を起こしたが、今年3月11日、大阪地裁は「記事には真実性の証明がある」と請求を棄却した。

 このほかにも、名誉毀損訴訟で敗訴した例が少なくとも2件ある。稲田女史は司法に不満を抱いている様子で、最高裁の裁判官は「総理大臣が自らの権限でふさわしい人物を選ぶべきです」と主張している(「WiLL」2006年9月号)。日本のような議院内閣制度では多数党の総裁が首相となって、立法と行政の2権を握るが、もし首相が慣例に反して直接全ての最高裁の判事を任命することで司法も握れば、3権全てが1人に属する独裁国になってしまう。

 田母神元空将はその後、愛人と結婚するため、長年連れ添った妻と離婚しようと訴訟を起こしたが当然敗訴し、選挙資金の5000万円の使途不明問題も起し、公職選挙法違反(買収)で起訴されたため、田母神支持者は自衛隊内でも当面鳴りをひそめている。だが、稲田防衛大臣の登場で、その背後の渡部氏の思想が自衛隊の主流となったり、彼女の唱える「正しい歴史」教育が行われて、田母神的な言動が許容されることになれば、それが多くの自衛官の耳には心地よいだけに、感化される者が続出しかねない。もし右翼活動に走る者が出ては大変だ。

 自衛隊にとっても、日本の安全保障にとっても、視野が広く、教養水準が高く、現実的で柔軟な判断ができる将校の育成は決定的に重要だ。兵力、装備よりも司令官、参謀の判断力のほうが国の安危に関わることも少なくない。防衛大臣の任務の一つはそのための指導、監督と考えるが、稲田大臣の就任にはその点で不安を感じざるを得ない。

■田岡 俊次(軍事評論家 元朝日新聞編集委員)
1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、筑波大学客員教授などを歴任。動画サイト「デモクラTV」レギュラーコメンテーター。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』など著書多数。

最終更新:8/18(木) 12:00

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北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。