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子を持つことを社会から歓迎されている…フィンランド子育て事情

リセマム 8月19日(金)9時45分配信

 ある国に生まれ落ちたら、その国の政策に則って生活しなくてはならないのは当たり前のこと。その政策によって生活も人生も左右される。働きたいのに保育園に落ちてしまった母親の悲痛な思いを表した「日本死ね」が大きな話題を呼んだように、子育て世代はそれを痛感するのではないだろうか。だがどの国でも子育てが大変なわけではない。国を挙げて子育てを支援する国として知られるフィンランドで、実際に子育てをしている人に話を聞いた。

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◆「ネウボラ」というシステム、その付き合い方は

 ベビーグッズがぎっしり詰まった「マタニティボックス」、親身になって話を聞いてくれる相談員、保育園不足なんて心配することなし! 子ども支援の国際組織セーブ・ザ・チルドレンによる「お母さんにやさしい国」ランキングで常にトップの常連といえばフィンランド。子育てがしやすい国として知られているが、“子どもを育てる”ということがストレスにならない、そんな夢のような生活ってあるのだろうか。

 ヘルシンキ在住12年。おしゃれな北欧デザインのお店が軒を連ねるデザイン・ディストリクトに雑貨のセレクトショップを日本人の夫とともに経営している中村雅子さんは、6歳と0歳男児の母だ。ふたりとも妊娠から出産までをフィンランドで体験し、現在も子育てにいそしむ。生まれてまだ2か月(取材時)のタオちゃんにお乳を含ませながら、ダイニングキッチンで事務処理を行う間、お兄ちゃんのてんごちゃんは保育園(※フィンランドでは保育園と幼稚園の違いはない)に通う。中村さん宅を訪れたときはちょうど夏休みであったため、てんごちゃんをうまく遊ばせながら、話を聞かせてくれた。

 フィンランドでは妊娠がわかるとまず、“ネウボラ”に行く。ネウボラとは妊娠から出産、小学校就学までの子育てについてなにかと無料で相談ができる場所だ。担当者は助産師や看護師で、子育て経験者のベテランだったり、子育て未経験者だったりとさまざまだが、“ネウボラおばさん(フィンランド語では「ネウボヤ」と呼ぶ)”として妊娠から小学校就学までを1人が担当する。中村さんも、1人目のてんごちゃんのときはずっと同じネウボヤに面倒を見てもらった。

 面談は定期的に行われ、30分から1時間ほど。担当者が同じ人なので、いちいちはじめからコトの経緯を話す必要もなく、信頼関係を築きやすいという。ネウボラは必要な手続き、たとえば産院の指定とその窓口としての役割も果たすうえ、サポートは妊娠・出産・子どもに関することだけでなく家庭の経済事情や夫婦間の問題など総合的だ。そのため、ネウボラの利用率はなんと99%にものぼるという。

 この利用率の高さは、日本にはない北欧的な要素が絡んでいるのではないだろうか。中村さんによると、ネウボヤたちは決して“上から目線”でモノを言うことがないのだそう。あくまでも同じ人間として――母でもなく、姉でもなく、かといって友人でもない、“ネウボヤ”という立場が確立されている――必要なときに必要な情報をくれる人。インターネットで調べようと思えば簡単に調べられることも多いだろうが、時にそれは家庭環境のことだったり、人間関係だったりと、個人的な問題に及ぶこともある。

 家族や友人ではないからこそ話しにくいことも話すことができるのだし、なによりネウボヤは批判や指導をするわけでもなく、いつでもただ話を聞いてくれる。そんな人がいる、というだけで違う。中村さん自身は特に深刻な悩みもなかったし、2人目のタオちゃんのときは妊娠から現在までに何人かネウボヤが変わっているが、だからといって特に不便もないという。中村さんのようにつかず離れず、という付き合い方もあれば、精神的にもネウボヤなしでは過ごせない人もいるかもしれない。いずれにせよ99%という高い利用率を実現しているわけで、それには中村さんの言う「フィンランドでは誰もが平等ですから」というのが大きな理由でありそうだ。

◆深く根付く“平等”という概念、女性の就業率にも影響

 日本でも行政や産院ごとにこうしたカウンセリングなどのサービスは行われている。一方で、誰にも悩みを相談することができずに孤立してしまうプレママやママの存在があり、それが原因で深刻な問題や事件を引き起こすことが危惧されており、そうした人々をどのように支援するか模索する自治体も多い。だがサービスがあっても利用時間に制限があるため、専業主婦でもないかぎりなかなかうまく利用できないことも事実。日本では妊娠や子育て中であることを理由に気軽に会社を休むことができる環境ではないのだ。ほかにも理由はあるだろうし、ネウボラとは根本的なシステムが違うとはいえ、とにかく日本でのこうしたカウンセリングサービスの利用率はフィンランドのネウボラ利用率99%には程遠いのが現状なのである。

 なにが違うのか。先述のとおりフィンランドでは「誰もが平等」で、会社の上司であれ教師であれ、徹底して上下関係がないという。この考えは誰もが持っているものであり、たとえば日本でいう「お客様は神様」とか「先輩の命令は絶対」のような風潮は一切見られない。つまり相手を自分と同じように尊重するということなのだが、そこに居心地のよい人間関係が育まれるのは想像に難くない。もちろん人間同士なので気が合う、合わないということはあるだろうけれど、それでも長い間、それも家庭環境のことにまで深く関与するネウボヤとママたちの人間関係がうまくいくのは、この対等さも大きく貢献しているに違いない。

 また、フィンランドでは仕事の時間を自分でコントロールすることは一般的だ。朝早く出勤して早めに仕事を切り上げたり、自宅で作業できるものであれば持ち帰ったりといったこともよくあること。ここでも上司、部下といったことは関係なくどのように働くかを選ぶのは本人の自由だ。中村さんは自営業ゆえそのシステムの恩恵があるわけではないが、息子の保育園では早い時間にパパがお迎えに来るのもよく見かけるという。夏休みが明けたらプレスクールに通うことになるてんごちゃんも、中村家でもパパが送り迎えをすることが多いそう。送りはパパでお迎えはママ、のような図式はなく、どちらか手を空けられるほうがやる、という考えもまた、男女間の“平等”があるからにほかならない。

 実際のところ、中村さんの友人には妻には外で働いてほしいと望む夫が多く、そのために家事の役割分担が増えることは厭わないのだという。加えて、子どもが満3歳になるまでの期間、働いていない間は給付金が出るため家計のためだけではない。なにしろママたちも「家にずっと子どもと一緒にいるなんて、退屈!」と考える人が多いのだそうで、フィンランドでは「母親は家で子どもの世話をするもの」という考え自体がない。母親であっても人間であり、仕事や楽しみを追及する権利がある、という平等の考え方がその根底にあるのだ。そして、その権利を誰もが行使できるよう、社会的なサポートがある、というわけだ。

◆地域での厚い子育て支援、税金が還元されていることを実感

 フィンランドでは男女ともに産休をとることも当然の権利だが、働く時期、そしてスタイルを自分で決めることもまた権利のひとつだ。そのため、保育園に子どもを預けることができない、といった問題がないように必要数の保育所をつくることが法律によって各自治体に義務づけられている。実際には希望の保育園に空きが出るまで待つことはあっても、保育園に入れないために仕事に復帰できないということはない。園ではランチはもちろん、朝食も出るので早朝出勤するにせよ朝は身支度だけをすればよいのでだいぶ負担が少ない。

 保育園の外でも、たとえばベビーカーを押している人はお財布を取り出すのが大変なので、トラムやバスの運賃が無料になるなど、子連れへの優遇措置すらある。ヘルシンキ市だけだが、子どもの夏休みシーズンになれば公園で無料のランチが配られ、16歳以下の子どもなら誰でもそれをいただくことができる。こうした手厚い子育て支援を受けるたび、中村さんは「社会が子どもを持つことを歓迎している」と感じるという。

 確かに、子どもの声がうるさいから保育園建設反対、ベビーカーは邪魔だから電車に乗せるのはいかがなものかといった議論がしょっちゅう沸き起こっている日本から見ればはるかに子育てがしやすそうである。「税金も高いですからね」と中村さんは笑うが、「でも、それが市民にしっかり還元されていることを実感します」とも。そもそも子育て支援に力を入れるのは、子どもが大きくなれば社会を担う一員になる。その構成員を社会でしっかり見守り育てることは社会全体の利益である、という考えに基づく。だから子どもがいない家庭からの不満は「聞いたことがない」。

 取材後、ちょうどお昼時だったため、中村さんに教えてもらった近くの公園へも足を運んでみた。この日は大雨だったにもかかわらずたくさんの自転車や三輪車などが外にとめてある。事情を話して中に入れてもらうと、未就学児からちょっと大きな小学生まで、多くの子どもが食事をしていた。大鍋の前にいたおばちゃんは「食べる?」と今日のメニューである野菜とビーフの煮込みをよそってくれる。実際には子どもたちはそれぞれお皿やタッパーなどを持ち寄るのだそうで、晴れた日は1日に1,000人くらい来るのだそう。未就学児がランチだけ食べに来る場合は親の同伴が必要だが、小学生も高学年になればひとりで立ち寄っていい。この公園の小屋もヘルシンキ市の運営で、学童保育と未就学児の支援センターの役割を果たす。壁には子どもたちの作品などが飾られ、ここで時間を過ごしていることがわかる。

 週に数回、ここを利用するという42歳のマリッカさんが話しかけてきた。「この施設が珍しいの?」。日本にはなく、夏休みの学童保育では毎日親がお弁当を持たせるか、有料の仕出し弁当を頼むのだと説明すると、「あら! 日本の親は大変ねぇ」と驚いたようす。「学童保育に入っていない子はどうするの? どこで遊ぶのかしら」。3歳、8歳の二児の母である彼女は音楽家であり、家で仕事をすることが多い。料理をするのは好きなので夏休み中のランチづくりは苦ではないが、「たまには外に出て息抜きしたいじゃない」と話す。「こういうサービスを受けるかどうかを選べることが重要で、休憩したいときにできるのはいいことよね。子どもたちも友だちと遊べるし、今日みたいに雨の日は庭でも遊べないから、とても助かっているわ」とのこと。子どもたちは食事を終えると、別室へ走っていき、それぞれ遊び出したが、その部屋にはソーシャルワーカーが何人もいるので、マリッカさんは子どもを気にすることなくゆっくりこちらで話をすることができていた。

 ビーフのシチューはシンプルだがちゃんとにんじんや玉ねぎなどの野菜も入っている。宗教やアレルギーの問題がなければ安心して与えられる立派な食事だ。(本当は大人にはサーブされないものだけれど)「こんなおいしいシチューがサービスなんてねぇ」などと感心しながらシチューを味わっていると、ふと中村さんの言葉が頭をよぎった。「子どもが歓迎されている社会」。そんな社会は実在する。子どもを産むこと、育てることが当然の権利であり、そのためになにかを犠牲にすることを恐れなくてもいい。そんな社会を実現している国があるのだと思うと、おいしいはずのシチューがなんとなくしょっぱく感じられた。

協力:フィンランド政府観光局、フィンエアー

《リセマム 岩佐史絵》

最終更新:8月19日(金)20時52分

リセマム