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17歳で渡された青い錠剤、「闇は、まだ広がっている」 旧東ドイツ・ドーピング被害者の告白

withnews 8月21日(日)8時0分配信

 ドーピングの国家計画が行われていた旧東ドイツ。そのプログラムに組み込まれた選手は1万人超ともいわれています。現在、ドーピング被害者を支援するイネス・ガイペル(56)もまた、被害者の一人でした。(GLOBE編集部、神谷毅)

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支援事務所にかかる匿名の相談

 ドイツ・ベルリンにある、旧東ドイツのドーピング被害者を支援する団体の事務所。ガイペルが相談の電話を取ると、何も言わずに切れることが多い。まれに話し始める相手がいても、名前を明かさない。

 共産主義の東ドイツと自由主義の西ドイツを隔てる「ベルリンの壁」が崩れ、東西ドイツが統一されて四半世紀がたった今も、彼女はこう感じている。

 「闇は、まだ広がっている」

17歳で陸上代表 渡された錠剤

 自分も、かつてはその中にいた。ただ当時は闇だと気付かなかった。

 17歳で陸上選手として国に選ばれ、トレーニングを始めた。すぐに青い錠剤をコーチからもらう。他の選手は10歳前後から飲み始めることが多かったその錠剤を渡しながら、コーチは「まだ遅くはないから『医療プログラム』に入れるよ」と言った。
 
 これが「ブルーピル」と呼ばれる経口トリナボールであることは後から知った。男性ホルモンを増やし、筋肉を強くする薬だ。

「閉鎖的な国から出たかった」

 東ドイツが夏の五輪で取った金メダルは、1968年のメキシコから88年のソウルまでで153個と西ドイツの3倍近かった。その裏ではドーピングの国家計画が行われていた。スポーツを使って社会主義体制の威信を高めるためだ。

 記録は面白いように伸び、400メートルリレーでは世界記録を出した。

 「勝つことだけを考えていた。東ドイツの選手たちはパリやローマなどの外国に行きたくてがんばっていたんです。閉鎖的な国から出たかったから」

秘密警察と選手生命の終わり

 トップ選手の仲間入りをしたガイペルは、練習で訪れたメキシコで現地の男性と恋に落ちる。彼が住む米国ロサンゼルスに何とかして行くから、一緒に逃げようと話し合った。

 帰国後、このことを隣の家の男性にうっかり話してしまった。のちに彼は秘密警察だったことが分かる。ある日、詳しい原因は分からないが腹部に痛みを感じて病院に行くと、盲腸炎なので手術が必要だと言われた。ずさんな手術の後遺症で選手生命は終わった。

 東西ドイツの統一後、関係者の暴露やメディアの追及でドーピングの実態が明らかになっていく。その中でガイペルは、秘密警察が作った自分のファイルを目にする機会を得た。「盲腸の手術」は故意に行われたと知った。

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最終更新:8月21日(日)9時12分

withnews