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権力が人の心を壊す時 「袴田事件」カメラマンが触れてしまった闇

withnews 8月20日(土)7時0分配信

 1966年に発生した、いわゆる「袴田事件」から半世紀。同年に逮捕され、その後死刑判決を受けた袴田巌さん(80)は2014年3月に釈放されました。びっしりと書かれたノートの文字。口をついて出る妄想の世界。カメラマンとして取材を続けながら感じたのは、権力が人の心を壊しうるという恐怖感でした。ファインダー越しに見つめた袴田さんの「内なる世界」をご紹介したいと思います。(朝日新聞映像報道部・時津剛)

【写真】「最高裁長官、日銀総裁、ハワイの王…」袴田さんが書き留めた雑記、ノートを埋める無数の文字

じっと壁を見つめる

 私が初めて袴田さんに会ったのは、2014年3月の釈放から1年半余り経った2015年12月。ご本人、そして同居する姉のひで子さん(83)をこれまでに取材した静岡総局の記者と共に、秋晴れの日、浜松市のご自宅を訪ねました。

 せんべいを手土産に(その時、袴田さんが甘党とは知らず)、東京から浜松まで、袴田さんに関する資料を読みながら、いったいどういう人物なのか、どういった生活を送っているのか、あれこれ想像しながら新幹線に揺られていたことを思い出します。

 ご自宅は浜松駅から車で5分ほどのところ。タクシーを降りたとき、「立派なご自宅だな」というのが正直な感想でした。

 階段を上りきった3階の呼び鈴をならし、玄関ドアを開けるとひで子さんが出迎えてくれました。廊下を進んだ右手の居間に「彼」はいました。斜光線が差し込む中、椅子に座り、小刻みにうちわをあおぎながら、まっすぐ壁に視線を向けていました。来訪者にはあまり興味を示していないようでした。

 ひで子さんに取材の趣旨を伝えた後、「今後何度か伺うので撮影もさせてほしい」と袴田さんに話しかけました。「ああ、そうですか」という短い返事のあと、浜松の天候などについて彼は話し始めました。

 しかし……。続いて口をついて出るのは妄想の世界のことで、内容を理解することはできませんでした。長期の拘禁による症状なのか……。初めての経験に、相づちを打つことしかできませんでした。

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最終更新:8月20日(土)7時0分

withnews