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廃線危機から再生、「フェニックス田原町ライン」はなぜ成功したか?

ITmedia ビジネスオンライン 8月19日(金)7時35分配信

●ローカル鉄道同士の直通運転

 2015年3月の「上野東京ライン」の開業から1年後。2016年3月に「フェニックス田原町ライン」が開業した。

【福井県に現れた不死鳥「フェニックス田原町ライン」】

 「フェニックス?」「田原町?」と思う読者も多いだろう。どこの話かと言うと、福井県である。福井県福井市の南部を運行する「福井鉄道福武線」と、北部を運行する「えちぜん鉄道三国芦原線」が相互乗り入れを開始した。福井鉄道とえちぜん鉄道の路線網を合わせて不死鳥の姿に見立てて「フェニックス田原町ライン」と名付けた。フェニックスの由来は“新生”と“福井”だそうで、ちょっ分かりにくいけれど「ローカル鉄道を不死鳥のごとく蘇らせたい」という願いが伝わってくる。

 8月15日付の中国新聞電子版が、福井県発表として相互乗り入れ開始から3カ月間の利用状況を報じた。利用者数はのべ約3万6100人で、相互直通以前の前年同期比2.9倍となった。大成功である。

 直通区間の利用者数を見ると、片道普通乗車券利用者の増加が約3.4倍、両社共通の1日フリーきっぷが約2.6倍、通学定期券が約4.1倍、通勤定期券が約1.4倍、回数券が2.82倍となっている。

 ただし、比率では好成績に見えるけれども、実数を見ると開業ブームの感はある。片道乗車券が4170枚の増加、共通1日フリーきっぷが1014枚の増加と大きく、通勤通学定期券と回数券を併せた増加実数は385枚にとどまる。片道乗車券の利用者には、沿線の人々の物珍しさ、お試しの数が多く含まれていそうだし、1日フリーきっぷは相互直通をいち早く体験したい鉄道ファンが多かったと私は思う。

●開業ムードの後、冬に真価を問われる

 福井鉄道とえちぜん鉄道には、この時期に鉄道ファンの関心を集める要素がまだある。福井鉄道は駅前線を延伸してJR福井駅前広場に新駅を設置した。全国路線制覇を楽しむ乗り鉄にとって、この延伸区間と田原町駅の短い接続線は気になる区間だ。

 えちぜん鉄道は福井駅付近の高架化事業に関連して、前年9月から北陸新幹線用の高架線に仮駅を設置している。これも珍しい現象だ。過去には建設中の東海道新幹線の高架線で阪急電鉄京都線が走った事例があり、えちぜん鉄道は50年後に実現した2例目。新幹線の路盤で地方私鉄が営業する現象は注目されており、相互乗り入れ開始と合わせて訪れた鉄道ファンは多かったはずだ。

 フェニックス田原町ラインに限らず、新規路線の成績は、開業時の賑わいが落ち着くまでは評価しづらい。それでも定期券利用者、回数券利用者の増加については「効果あり」と判定する材料になる。

 前掲の中国新聞の記事によると、福井鉄道沿線に住む高校生と大学生が、今までは田原町駅で降りて歩いていた。直通運転の開始によって、学校最寄り駅までえちぜん鉄道に直通して乗ってくれるようになった。えちぜん鉄道にとって1駅間でも乗客を獲得できた。回数券利用者増については記されていないけれど、福井鉄道沿線に大小の病院が多く、えちぜん鉄道沿線の人々が、通院手段をクルマから電車に切り替えたと考えられる。

 直通運転の効果として、沿線の人々の利用については微増かもしれないけれど、福井市の交通体系は進化した。現在のダイヤでは、相互直通運転は平日朝の通勤通学時間帯に2往復。日中は1時間あたり1往復を急行列車として運行する。福井駅前延伸とともに、これから訪れる積雪時期に真価を発揮するだろう。

●廃線の危機だった福井鉄道

 福井鉄道福武線はかつて存続の危機があった。福井鉄道はほかにもバスや不動産事業を手掛けている。その一方で、鉄道事業については1963年に赤字転落。他部門の黒字で鉄道の赤字を補っていた。えちぜん鉄道との直通運転は、いわば起死回生の望みでもあった。

 ところが2004年の福井豪雨の被災、工事の延期などで福井鉄道はますます窮地に追いやられる。福井県が福井鉄道の自主再生計画の策定を進めていたところ、2007年9月に福井鉄道は鉄道部門の自力再生は困難とし自治体に支援を求めた。自治体が応じられなければ廃止になるところだった。

 そこで、当時、福井鉄道の筆頭株主だった名鉄と沿線自治体が協議し、名鉄が10億円を拠出する代わりに経営から撤退することで合意。しかしその使い道で揉める。当時の福井鉄道は過去の退職者を含めて退職金の支払いが滞っており、名鉄側は10億円をまず退職金に当てるよう要求。しかし福井県側は経営安定のため有利子負債の圧縮に当てようとした。こうした動きの中で、2008年5月、福井市、鯖江市、越前市は10年間の維持費負担で合意する。このとき、福井鉄道は7月の運転資金のめどが立っていなかったという。

 さらに同年11月、前記3市は福井鉄道再建策として、修繕費の負担と敷地の取得で合意する。これと名鉄の撤退、地元経営陣による再出発などで存続のめどが立った。2009年9月には、地域公共交通活性化法に基づく鉄道事業再構築実施計画が承認され、福武線の存続が決まった。これは国の鉄道事業再構築実施計画の第1号であった。フェニックスの尾にあたる部分である。

●えちぜん鉄道再生からの教訓

 直通運転の相手方、えちぜん鉄道も廃線の危機から脱した鉄道だ。時期はさらにさかのぼって1992年2月。えちぜん鉄道の前身、京福電鉄は越前本線末端区間と永平寺線の廃止計画を発表。翌月には沿線自治体の議会が存続を決議。10月に福井県議会が存続請願を採択。その後、沿線自治体による回数券購入助成、京福越前線活性化協議会を結成し、利用促進策・行政支援を実施してきた。

 そんな中、2000年12月に越前本線で列車正面衝突事故が発生。原因は補修し続けたブレーキの破損で、乗客24人が重軽傷、運転士が殉職。さらに半年後の2001年6月にも列車正面衝突が発生する。原因は運転士の信号無視。ほかの鉄道会社ではこの場合、ATS(自動列車停止装置)が作動するけれども、この路線にATSは設置されていなかった。もとより京福電鉄(福井鉄道部)は困窮しており、安全面に十分な予算がなかった。

 国土交通省は2回目の事故の翌日に全線の運行停止とバス代行を命じた。かなり厳しい処置だ。中部運輸局は7月に安全確保に関する事業改善命令を出す。しかし京福電鉄側に改善の予算はなく、10月に事業廃止届けを提出した。

 えちぜん鉄道のアテンダントが仕事ぶりを紹介した本『ローカル線ガールズ』(メディアファクトリー刊)によると、鉄道が運休した結果、鉄道を利用していた通学生や通院の傷病者、お年寄りの送迎のためマイカー利用が急増し、渋滞が慢性化した。代行バスのダイヤが維持できないだけではなく、救急車、消防車両の通行もままならない状況だったという。家族の送迎をするドライバーも仕事や家事の時間を奪われた。沿線では鉄道利用者も非利用者も困る事態となった。

 福井県と沿線自治体は第三セクター化による鉄道存続を決定し、永平寺線のみバスに転換した後、2003年に越前本線と三国芦原線をえちぜん鉄道として再起動した。これがフェニックスの翼の部分になる。

●10年以上かかった直通運転

 元々、福井鉄道福武線とえちぜん鉄道三国芦原線は、田原町駅で乗り換え可能だった。田原町駅は三国芦原線の中間駅で、福井鉄道の終点でもある。相互直通開始以前は、福井鉄道の線路を延長すると、三国芦原線に接続できそうなところで切れていた。その様子を見れば誰でも「いっそのこと、つないでしまえば良いのに」と思っただろう。

 実は過去にこの線路はつながっていたという。福井鉄道が田原町駅を建設する際に、京福電鉄の線路を使って資材を輸送した。京福電鉄の田原町駅は現在の位置より西側にあったけれども、福井鉄道の田原町駅開業を機に現在地に移転し、乗り換えの便宜を図った。ただし直通運転の計画はなく、接続線路は撤去された。これが「つながりそうで切れている線路」の理由であった。

 私が知る限り、両社の相互直通運転の構想は2005年以前からあった。2005年6月22日の中日新聞記事で、懸案だった直通運転の工事着手延期が報じられている。2004年の福井豪雨の復旧工事を優先したからだ。鉄道の被害はJR越美北線(九頭竜湖線)の鉄橋流出が甚大で、えちぜん鉄道、福井鉄道の被災記録は見当たらないけれども、福井市の被害は大きかった。相互直通の新規工事より復旧の優先は当然だ。

 福井鉄道が存続と廃線で揺らいでいる間も、福井駅延伸計画の検討は続いていた。福井鉄道の支援の枠組みが決まったことで直通運転計画も再び動き出し、2010年には福井鉄道、えちぜん鉄道、福井県、沿線自治体が合意し、整備予算が了承された。当時の計画では2013年に実施、福井鉄道の車両がえちぜん鉄道へ片乗り入れ、運行区間は当初構想では福井鉄道福武線浅水駅~えちぜん鉄道鷲塚針原駅間。後の計画決定は福井鉄道福武線全線~えちぜん鉄道西長田駅間で2015年までに実施すると改められた。

 その後、経費見直しのため運行区間をえちぜん鉄道鷲塚針原駅までと短縮。また、工事について両社の信号システムの調整、LRT(ライトレール)化にあたってホームの改修などが必要となるなど紆余曲折もあり、工事期間は1年延期した。この間、運賃面では両鉄道の一体化案もあったものの、結局は初乗り運賃分をそのまま乗り継ぎ割引に適用するなどで決着。えちぜん鉄道、福井鉄道の双方でLRT車両を発注するなど準備を進めた。初期の構想から10年以上もかけて、待望の相互直通運転が実現した。

●幸福度1位、クルマ社会1位の福井県が鉄道にこだわる理由

 福井県が鉄道にこだわる理由は、自動車依存社会から脱却したいからだ。2007年の調査で、福井県の1世帯あたりの自動車保有数は約1.77台で全国1位。交通手段における自家用車の割合も76.6%で全国1位となっている。この数字は福井県の住みやすさと関係がありそうだ。日本総研や法政大学などの調査によると、客観的な指標に基づく幸福度ランキングで福井県はトップクラスの常連である。これがマイカーの普及となって現れた。

 しかし、マイカーの普及に伴って鉄道離れが起きた。京福電鉄は安全費用も捻出できないほど低迷し、福井鉄道はいくつかの支線を廃止した。残された本線の福武線も廃線の危機となった。公共交通の衰退はますますマイカーに依存させる。その循環が続いた結果として、福井県はクルマを持たない市民にとって住みにくい環境になった。

 将来、高齢者がクルマを手放すときに、クルマ依存社会では困る。自然環境の維持、二酸化炭素(CO2)削減など時代の要請に応えるためにも公共交通は維持したい。もちろんそこには京福電鉄事故とバス代行の苦い経験がある。脱クルマ社会を推進する福井県としては、公共交通を強固にしたい。鉄道を幹としたバス路線網を築きたい。そのために、福井鉄道とえちぜん鉄道の直通運転は必要だった。

 直通運転開始後3カ月のデータは、まだまだ満足できる数値ではない。しかし、この基幹軸を前提とした公共交通網がこれから整備される。1つの駅で、廃線の危機から立ち直った鉄道がつながった。その効果は福井県民の幸福度をますますアップさせるに違いない。

(杉山淳一)

最終更新:8月19日(金)7時35分

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