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福島で被爆の元米兵、「アルミ箔を噛むような感じ」だった

ニュースソクラ 8月19日(金)12時0分配信

【ニュースソクラ編集長インタビュー】トモダチ作戦被爆者支援を聞く 吉原毅城南信金前理事長

 小泉純一郎元首相が中心になって東日本大震災の援助活動で被爆した米軍元兵士を助ける「トモダチ作戦被害者支援基金」が7月に設立された。どこからも支援を受けられずに苦しんでいる米軍兵士を放っておけないと義援金を集めることにした。小泉氏といっしょに基金立ち上げに動いた城南信用金庫の前理事長の吉原毅相談役に聞いた。 (聞き手はニュースソクラ編集長、土屋直也)

 ――米軍が東日本大震災の際に救助してくれた「トモダチ作戦」はよく覚えていますが、被爆していたなんて。
 トモダチ作戦というのは、福島原発事故の直後に米海軍第七艦隊空母ロナルド・レーガンを中心とした部隊が福島沖に向かった救助行動です。津波にながされ海面に漂う人をヘリで救助し、船の上で救助を待つ人を助け、沿岸地域で救助を待つ人達に支援物資を届けました。本当に同盟国日本のために、純粋に人道的な気持ちから取り組んでくれた軍人、軍属がいたのです。

 その時に、原発が爆発し、大量のプルーム(高濃度放射性物質)がまき散らされた。広島原爆の4000倍の物質が放出されたと、東電の海外サイトでは表明されています。
 
 すごい数字ですが当然です。原発というのは1日に3発の広島原爆を爆発させたのと同じだけの放射性物質ができるのです。年間なら1000発分です。それが4号機まであるわけですから。

 ――日本人では被爆被害はあまり聞かないのですが。
 日本にとって幸運だったのは、爆発のときは西から東に風が吹いていて、90数%の放射性物質は太平洋側に流れたことです。ほんの一部が飯館村など北東に流れ、帰還困難地域になりました。もし東から風が吹いていたら関東全域を含め、東日本は壊滅したかもしれなかったのです。そう講演などで話すとシーンとなりますね。
 首相官邸は正確に事態を予想していて、5000万人避難計画を立てていたと、当時の補佐官から聞いています。

 ――空母内はどんな風だったのでしょう。
 米軍艦隊は福島沖で救援活動をしていて、そこに高濃度プルームが直撃した。そこで活動した乗組員は「口のなかでアルミ箔を噛んでいるような感じがした」と証言しています。
 
 これは、チェルノブイリでも同様の証言があるのですが、とても異常な感覚だと思います。
 
 作業を終えて艦に帰ると、万一のための線量計が一斉に鳴り出したそうです。ヘリの乗務員はヨウ素剤を飲まされ、甲板員はなぜか飲まされなかったと語っています。洋服を脱げということで男も女も素っ裸になって、服はすべて袋詰めにし、シャワーを浴びまくったそうです。

 艦内がパニック状態なのは彼らが持っていた携帯の画像で見せてもらいました。彼等の表情が事態の深刻さを物語っています。映像のなかでは、自嘲ぎみに「私たちは、核のホロコーストのなかにいるのではないか」とつぶやく声が入っています。

 ――救助作戦での外部被爆だけでなく、飲料、食料からの内部被ばくもあったのですか。
 救助は継続しなければならないと艦隊は繰り返し南にいったり北にいったり、回避行動をとったそうです。東に遠ざかったりもしたが、日本から離れるとヘリが届かないので救助活動ができない。ヘリや乗員もどんどん汚染されていくが、除染しながら、救助を続けたのです。ヘリの乗員を隔離したりしながら2か月も救助を続けた。

 海兵隊や海軍の兵士は貧しくて生活のために志願している人たちです。そういう人たちが純粋な気持ちで活動してくれました。自分たちの非常食や飲料水は全部救助に回した。そのため海水を塩分除去して料理に使ったのです。そのため知らないうちに内部被ばくしたと思われます。

 ――救助活動の後の空母レーガンはその後米国に戻るのですか。
 作戦のあと、母港の横須賀には戻らず、長崎に寄港します。そこで汚染したヘリを持ち帰れないということで、東電が引き取って処分しているのです。

 最終的にカリフォルニア州のサンディエゴに戻るのですが、どんどん体調不良者が増えました。体調不良から軍に居られなくなった人、そして軍にとどまっているが体調不良の人が合わせて400人。この人たちが医療費をなんとかしてほしいとサンディエゴ地裁に東電や原発製造者のGEを相手に訴訟を起こしています。2012年に訴訟を起こしたときの原告は3人でしたが、最近は400人になっているそうです。

 ――なぜ、訴訟相手が東電なのですか。
 米軍では、入隊時に米軍を相手に訴訟は起こさないと誓約させられています。それで米軍、米政府は訴えられないというので事故の責任から東電が相手になったということです。これに対して、東電は一流弁護士を集めて、こうした訴訟を米国で起こすのは不当と裁判そのものを邪魔する戦略を立てています。裁判が遅延する中、すでに原告とその家族で7名が亡くなっています。

 ――トモダチ作戦被害者のことをどうして知ったのですか。
 小泉さんは全国の原発訴訟のリーダーをしているある弁護士から聞いたのです。それで、もっと詳しい方を、というので日系4世のジャーナリスト、エイミー・ツジモトさんにお会いしました。ツジモトさんが「原告の兵士たちは、自分たちは米国からも日本からも誰からも無視されていると感じている。ぜひ行ってほしい」と言われました。

 ――それで、米国に小泉氏とお見舞いにいかれたのですね。
 5月中旬にサンディエゴに行き、約10人の方々に話を聞きました。

 「自分はいやになるぐらい健康だったのが、あの活動以来、体中の節々が痛い」と言うのです。わりに共通しているのは、お尻から血が出る、肌から血が出るといった粘膜系の弱い出血がある。女性の方では子宮内膜からの出血です。「一生妊娠できません」と言われたひともいるし、流産したひともいます。死産になった子供もいると聞きました。

 ところが、米政府からも日本政府からも補償がない。

 ――米政府はなぜ、補償しないのですか。一種の労災に見えますが。
 米政府は「放射線被害はなかった」という立場なのです。被爆被害は気のせいだというのです。米軍にも見捨てられた兵士たちへの募金活動なのです。サンディエゴに訪ねたとき、小泉さんが、「日本に対して何か言いたいことはありますか」と尋ねたのです。すると、「私たちは日本が大好きです。日本のひとにもお世話になった。きょうはわざわざ日本の元総理大臣が片田舎まで来てくれて話を聞いてくれた。本当にありがとうございます」と答えました。誰ひとり恨みがましいことは言わなかった。

 小泉さんは天を仰いで涙がでるのをこらえて、それからちょっと散歩してくるといってガードマンの方とでていった。海岸沿いの安ホテルだったのですが、しばし散歩して実は泣いていた。男泣きということなのでしょう。

 ――それで基金設立ですね。
 「見て見ぬふりはできない」という思いから基金を立ち上げようと考えたわけです。小泉さん自身、多額の寄付をしつつ財界から一般まで呼びかけています。「こんな純粋でいい人たちを救いたい」と財界の元会長や元社長などに声をかけました。最初はその通りだと応じた方々が、会社に相談するとやっぱりダメだとなった。

 ――どうしてですか。
 この人たちを支援するということは、訴訟をしている東電に弓引くことになるのです。東電は、福島県でも経済補償はしていますが、健康に対する補償はしていないのです。

 ――トモダチ作戦被害者支援を通じて訴えたいことは。
 もし、風が逆だったら、日本人の多くが被爆被害者でした。放射線被害がいかに危険であるかを再認識していただきたい。そして、やはり原発は止めたほうがいい、と多くの方々に気づいていただくための突破口になったらいいのですが。脱原発の運動の一環と考えています。


トモダチ作戦被害者支援基金
 振り込み先 城南信用金庫営業部本店 普通預金844688
 募集期間 平成29年3月31日まで 
 使途 米国の銀行に信託し、裁判官等の管理の下に被爆により健康被害に苦しむ元兵士を支援する
 事務局 城南総合研究所(03-3493-8133)

吉原毅氏  1955年生。城南信金相談役。同理事長時代の2011年4月に「原発に頼らない安心できる社会へ」を発表。2012年11月に城南総合研究所を創立。同研究所の2代目名誉所長に小泉純一郎氏を迎え、ともに全国で講演活動を行っている。

■土屋直也(つちや・なおや) ニュースソクラ編集長
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設

最終更新:8月19日(金)12時0分

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