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大飯原発再稼動に異議 島崎東大名誉教授の執念

ニュースソクラ 8月19日(金)16時0分配信

「私は納得していません」 福島原発事故の風化に抗う

「私は納得していません」

 島崎邦彦・東京大学名誉教授は、7月15日の記者会見で、にこやかな表情ではあるが、きっぱり言い切った。日本地震学会会長や地震予知連絡会長などを務めた地震学界の大御所にもかかわらず、かっこ悪さをいとわず、諦めず、たった一人で原子力規制委員会の審査のあり方に疑義を投げかけ続けている。

 島崎さんは規制委が発足した2012年9月から2年間、規制委の委員長代理だった。それ以前は文部科学省の地震調査研究推進本部(地震本部)で11年間、長期評価部会長として全国の地震リスクについて政府の公式評価をとりまとめてきた。原発の耐震審査において、島崎さんより詳しい地震学者はいない。

 その島崎さんが言うのだ。規制委や関西電力は関電大飯原発(福井県)の地震の揺れを過小評価している可能性が非常に高いと。断層の長さから地震の揺れを算出する方法は何通りもあるが、関電や規制委が用いている方法は、最近の熊本地震の調査結果などと比べると不適切で、別の式を用いて計算すべきだというのだ。島崎さんは、地震関連の学会で何度も発表したほか、6月に大飯原発の再稼動差し止め訴訟の控訴審が開かれている名古屋高裁金沢支部に陳述書を提出、7月には規制委の田中俊一委員長に会って、直接訴えた。

 なぜ島崎さんは、ここまで頑張るのか。それを理解するには、2年前に規制委員を退任した時の記者会見に立ち戻るとわかりやすい。

 「私はまさに人生最大の負け犬になって、尻尾を巻いてそのまま黙ってしまった」。

 内閣府(中央防災会議)の2004年の会合(注1)で、島崎さんたち地震学者が警告していた福島沖の大津波は、防災計画に反映されないことが決まった。海底地形などから、明治三陸津波(死者約2万2千人)と同様の大津波が福島沖でも発生しうると地震本部は予測していたのに、切り捨てられた。その場面を振り返りかえって悔やんだ発言だ(注2)。

 「そんな津波は起きた記録が古文書にない」として、最新の地震学の予測を無視した内閣府の判断をおかしいと思ったにもかかわらず、島崎さんは黙り込んだ。それが津波による約1万8千人の死者・行方不明者や、原発事故を引き起こした。

 内閣府が島崎さんらの予測を取り入れていれば、福島で想定すべき津波は10数メートルにもなり、5.7メートルしか考えていなかった福島第一原発は大規模な対策を強いられ、長期間の運転停止や多額の費用が生じることになる。島崎さんは、内閣府が高い津波を防災計画に組み込まなかったのは、原発が絡んでいるに違いないと推測している。

 政府の判断に納得出来ないときは、もう黙っているわけにはいかない。声を上げ続けなければならない。地震学者として島崎さんは、そう決意したのだろう。

 ところが田中俊一・規制委員長は、研究者の間でまだ意見が一致していないとして、島崎さんの懸念を規制委の内部で十分検証しないまま、審査の見直しをしないと7月末の会見で断言した。田中委員長は、規制委ではなく学会で検討すべき問題だというのだ。

 この責任放棄は危うい。規制委の前身である原子力安全・保安院は「学会まかせ」で大失敗している。福島第一原発の津波想定は事故12年前から土木学会が担っていた。しかし学会で審議する委員の半数以上は電力社員など電力業界の人たち。

 そして想定づくりの費用1億8千万円は全て電力会社が負担。審議の幹事は「電力会社に受け入れられるもの(想定)にしなければならなかった」と政府の事故調査委員会に証言している(注3)。土木学会は当時、東京電力の株も約3万2千株所有していた。学会でまとめる意見が中立公正とは限らないのだ。

 福島第一原発事故から、たった5年で、もう島崎さんの懸念は規制委に伝わらなくなった。あれだけの事故の教訓が、日本の原子力規制行政には全く残されていないことに、強い不安を覚える。

参考資料
(注1) 内閣府中央防災会議 日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会(第2回)議事録 2004年2月19日 http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/senmon/nihonkaiko_chisimajishin/2/pdf/02giji.pdf
(注2)原子力規制庁の会見映像2014年9月18日
https://www.youtube.com/watch?v=ne5r33TEv5I&list=UU5_urTtPY2VjNc1YOI4rBCg  これの24分50秒ぐらいから 会見速記録  http://www.nsr.go.jp/data/000068820.pdf このp.8
(注3)政府の事故調査委員会による松山昌史・電力中央研究所上席研究員の聴取結果書 http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai_8/054_koukai.pdf このp.10

■添田 孝史(サイエンスライター 元朝日新聞記者)
1964年生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了。サイエンスライター。1990年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。97年から原発と震災についての取材を続ける。2011年に退社、以降フリーランス。東電福島原発事故の国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当した。

最終更新:8月19日(金)16時0分

ニュースソクラ