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世界で頻発するテロ事件 日本は本当に安全なのか?

THE PAGE 8/21(日) 18:00配信

 世界でテロが頻発しています。特に昨年1月に仏週刊誌「シャルリー・エブド」が襲撃されたテロ事件以降、フランスなどヨーロッパで相次ぐだけではなく、アメリカでの銃乱射事件やバングラデッシュのダッカ襲撃事件など、発生場所が広がりを見せています。翻って、日本は治安が良く安全な国だといわれています。これまでのところ、こうしたテロも起きていません。日本でテロは起きることはないのでしょうか。元公安調査庁東北公安調査局長で日本大学危機管理学部教授の安部川元伸氏に寄稿してもらいました。

【写真】アジアも「IS vs.アルカイダ」宣伝競争の舞台に イスラム過激派のいま

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 「日本は安全な国です。犯罪発生率も低ければ、財布を落としても落とし主に戻ってくる。こんな国はほかにはない」――。これは、日本を愛してくれる外国人が口をそろえて言う言葉です。しかし、私たち日本人も、何者かに洗脳され、憎悪を抱かせられれば、いま欧州やアフリカ、アジアなどで起きているのと同じようなテロが起きないとも限りません。人の感情とは紙一重で、悪い方向に向かえば、罪もない人を殺傷してまで自己の恨みを晴らそうという気持ちになるものです。今世界を恐怖に陥れている「イスラム国」(IS)などのイスラム過激派は、人の心に入り込んで、その人の悲しみ、世間に対する恨みつらみを取り込み、その感情を復讐という形でテロに転化させようとしています。こうした魔の手が、やがては我が国日本にまで及んでくる可能性は決して低くはないのです。

日本でも過去に「テロ」が起きている

 過去を振り返れば、日本でも大規模な殺傷事件やハイジャック・誘拐・破壊行為など数々の凶悪事件が起きています。テロという範疇にこだわるのであれば、実行犯には、個人的な恨みのほかに、テロによって政府を転覆させるとか、政府の政策を力で変更させるなどの政治的目的が要件として必要になってくるでしょう。

 その意味では、過去に発生した「連合赤軍」事件や「オウム真理教」の事件などは、まさに我が国における代表的なテロ事件と言うことができるでしょう。現に「地下鉄サリン事件」(1995年3月)を起こしたオウム真理教は、非政府組織として世界で初めて化学兵器を造り、実際に使用し、地下鉄サリン事件では13人が死亡、6000人以上が負傷しました。オウムは未だに米国務省の「外国テロ組織」(FTO:Foreign Terrorist Organizations)にリストアップされています。

 連合赤軍事件では1972年2月の「あさま山荘事件」が有名です。連合赤軍が長野県の山荘に管理人の妻を人質に立てこもり、警察側と10日間にわたる攻防を繰り広げました。警察の突入により人質は救出されたものの、銃撃で警官2人、民間人2人が犠牲になりました。また群馬県などの山岳ベースで「総括」と称して仲間を暴行し、12人を殺害して山中に埋めた大量リンチ殺人事件もあります。

 中東など海外に拠点を置いて活動し、「テルアビブ・ロッド空港事件」(1972年2月)を起こした「日本赤軍」も、長期にわたってテロリストの扱いを受けてきました。イスラエルの空港で起きたこのテロでは自動小銃や手榴弾で24人が死亡、76人が重軽傷を負いました。日本赤軍は1999年10月から2001年10月までFTOに指定されていましたが、その後指定が解除されました。しかし、米国同時多発テロ後の2001年10月から、米国の「テロリスト入国拒否リスト」に掲載されています。

 もうひとつ重要な事件は、1991年7月に「悪魔の詩」を日本語に翻訳した筑波大学のイスラム研究者、五十嵐一助教授が何者かに殺害された事件です。「悪魔の詩」が出版され、各国語に翻訳されていた時期の喧騒を思い出せば、五十嵐助教授殺害事件は、何らかの政治的意図を持ったテロリストによる犯行であった可能性が極めて高いと言えるでしょう。

 つまり、日本にも過去にテロリストが入り込み、実際にテロが起きたことがあるということを忘れてはならないと思います。さらに、当時と現在では、我が国をめぐる国際環境も大幅に変化しています。国際貢献する中で、過激派諸組織から逆恨みされ、「日本も十字軍の一員としてジハードの主対象とする」という意味の声明が出されています。7月に起きたダッカでの日本人7人の殺害や、アルジェリアのガス・プラントで日本人が10人殺害された(2013年1月)事件も、決して偶然の出来事ではなかったと考えられます。

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最終更新:9/2(金) 22:48

THE PAGE

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。