ここから本文です

野村敏京、日本ゴルフ初の4位入賞!笑顔引き出した日本ギャラリー

ゴルフ情報ALBA.Net 8月21日(日)4時30分配信

<リオデジャネイロ五輪ゴルフ女子 最終日◇20日◇オリンピックゴルフコース(6,245ヤード・パー71)>

【関連】野村敏京の激闘を写真で振り返る!

 「リオデジャネイロ五輪ゴルフ女子」は最終ラウンドを行い、トータル3アンダーの15位タイから出た野村敏京は6バーディ・ノーボギーの“65”を叩きだしトータル9アンダーでフィニッシュ。メダルには1打及ばず4位タイに終わったものの、今大会苦戦の続いた日本ゴルフ界に初の入賞をもたらした。

 「ホールアウトした後は1打足りないと思ってダイニングで見ていました。リディア(コ)と(フォン)シャンシャンは落ちない選手だから、やっぱり足りなかったですね1打」。ホールアウト時点では3位タイにつけて“クラブハウスメダリスト”だった。後続組のプレー次第で銅メダル、プレーオフの可能性もあったが、最終組でスコアを伸ばした世界ランク1位のコ、序盤でリードしたフォンの3枠を崩すことはできなかった。

 それでも、メダル圏内まで6打差を追い上げた最終ラウンドのプレーは圧巻だった。「最後の日。チャンスは今日しかなかったのでパッティングもショットも全部狙っていきました」。グリーンを狙うショットでピンをショートしたのは長いパー3の6番とパー5の10番のみ。「普通の試合なら4位でも賞金もらえてうれしいと思える。でもオリンピックは3人しかメダルを獲れない」。メダルだけを見て、多くのショットをピンハイから奥に突っ込んでチャンスを作り続けた。

 メダルが近づくにつれて野村の組では日本人ギャラリーからの大声援が飛んだ。野村は2011年、18歳の時に米国でプロに転向。同年の国内ツアー「中京テレビ・ブリヂストンレディス」を宮里藍に次ぐ史上2番目(当時)で優勝するなどしたが、14年からは再び米国ツアーを主戦場としたため、日本でのなじみは少し薄い。日本人ギャラリーからこれほどの熱烈応援を受けるのも、野村にとっては近年にないことだった。

 「普通のアメリカの試合では日本人のギャラリーさんは見れないけど、今日は日本のギャラリーさんがたくさん来て応援してくれて、気持ちがアガりました。私も楽しくできたし、応援も一生懸命頑張ってくれたし、それで良い成績をだせてよかった」。メダルへのプレッシャーのかかる終盤になっても印象的だったのが緊張感ではなく大声援に応える野村の笑顔。応援したギャラリーを含めたチームJAPAN全員でつかんだ入賞だった。

 リオ五輪開幕前は治安への不安もあった。トーナメントに帯同する母も「危ないから」と拠点のあるハワイに残して単身、五輪での戦いに身を投じた。それでも、今はこの場にいてよかったと思える。「楽しかった。また次のオリンピックも出たいです」。2020年の舞台は東京。今回とは比べ物にならない応援が野村を待っている。


(撮影:福田文平)<ゴルフ情報ALBA.Net>

最終更新:8月21日(日)5時6分

ゴルフ情報ALBA.Net