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「古巣ジ軍ファンの前で投げたい」願いを胸に顔面骨折から2か月半で復帰

東スポWeb 8月21日(日)16時49分配信

元局アナ 青池奈津子「メジャー通信」

【ライアン・ボーグルソン投手(パイレーツ)】シーズンは残り2か月を切って面白くなっていく一方で、今季はスター選手が次々と引退を発表し、真夏の太陽のカンカン照りとは対照的に切なさを感じる昨今。ヤンキースのアレックス・ロドリゲス、マーク・テシェイラ、レンジャーズのプリンス・フィルダー。超ド級メジャーリーガーでありながら、時間を見つけて話を聞かせてくれた面々。レッドソックスのビッグパピ(デービッド・オルティス)が「あまりにもすてきな日々が続くから、思わず来年も戻ってきたくなっちゃうよね」と最後のドジャー・スタジアムを実に楽しそうに過ごしていたが、この人の笑顔はなんと伝染しやすいのだろう…。

 そんな折、ド軍と対戦にきたパイレーツのクラブハウスでライアン・ボーグルソンに会った。2007年から09年まで日本球界にいたので、覚えている人もいるだろう。ライアンは今年5月23日のロッキーズ戦で左頬に死球を受け、眼窩骨7か所を骨折してしまった。

「僕の野球人生、恐らく選手として経験してないことはないんじゃないかな? 度重なるクビ宣告、そこからのメジャー昇格、海外での野球経験、君はもうダメだと何度も言われる、ワールドシリーズへ行く、チャンピオンになる…。まさか顔面に投球を受けるとは思っていなかったけど、それもクリアしたね」

 00年にメジャーデビューするもメジャーとマイナーを行き来し、日本球界やウインターリーグでもプレーしながら夢を追いかけ続け、10年以上の歳月を経た11年に見事にカムバックを果たした。それだけでも熱い人生ドラマが隠されているが、球を顔に受けた瞬間、球場に来ている息子の顔が脳裏に浮かび「起き上がらなきゃ。立ち上がらなきゃ。息子がパパは大丈夫だってわかるように」と自らの力で立ち上がり退場。一時は失明も危ぶまれ、折れた骨が鼻を圧迫して口呼吸は苦しく、顔の腫れが引くまで10日間も手術が受けられなかった。それほどの大ケガを負ったにもかかわらず「当たった瞬間、目が爆発したと思ったけど、見えるとわかったらあとは何とかなると思った」。事故から3日後に退院を許されて真っ先に向かったのは球場だったというから、この人の精神的タフさは半端ない。

 そして、わずか2か月半足らずの8月4日に復帰。そこにはライアンを駆り立てる目標があった。「ケガをした時に必要なのは小さなゴールを見つけること。それがキャッチボールだろうと、ブルペンだろうと、リハビリだろうと。そして少し先のゴールも必要。当然、メジャーのマウンドに戻ってまた投げることだけど、そこでジャイアンツ戦の日程を見るでしょ。そこまでに元気になってなきゃいけないって思う。無理に元気になろうとはしないけど、あの街に行くまでに元気になっている必要がある。そういうモチベーションがすごく助けになるのは間違いない」

 12年と14年にワールドシリーズでともにリングをつかんだジャイアンツは、ライアンにとってかけがえのないチーム。「戻りたい、サンフランシスコの人たちに会いたい、そこで投げたい」。8月15日、ライアンは見事にその願いをかなえたのだった。

「自分に残された野球人生はわずか」と語るライアンは39歳。「次の人生へ」と踏み出していく選手、こうやってどこまでもしがみつく選手、どちらもかっこいい。

 ☆ライアン・ボーグルソン 1977年7月22日生まれ。39歳。ノースカロライナ州シャーロット出身。193センチ、98キロ。右投げ右打ち。投手。98年、ドラフト5巡目で指名されたジャイアンツに入団。2000年9月2日のカブス戦でメジャーデビュー。パイレーツを経て07年に阪神入りし、先発として同年は7勝6敗、翌08年は3勝4敗の成績を残す。09年はオリックスで主に中継ぎとして活躍。11年に古巣ジャイアンツに復帰し、チーム最多タイの13勝をマーク。12年も14勝し、13年の第3回WBCでは米国代表に選出された。14日(日本時間15日)現在、MLB通算59勝70敗、防御率4・40。NPB通算11勝14敗4ホールド、防御率4・17。

最終更新:8月21日(日)16時49分

東スポWeb

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