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「畠山」の実像に迫る 北國総研、3年間の調査始まる

北國新聞社 8月21日(日)2時50分配信

 一般財団法人北國総合研究所(金沢市)の調査事業「能登畠山文化の源流をゆく」(のと共栄信用金庫特別協賛、北國新聞社特別協力、七尾市協力)は20日、七尾サンライフプラザで委員10人が出席して初会合が開かれた。戦国時代の能登七尾城と七尾城下町で花開いた能登畠山文化の実像を明らかにする3年間の研究がスタートした。9月には能登畠山氏とゆかりのある寺院群を現地調査する。

 調査では、七尾生まれの画聖長谷川等伯(1539~1610年)の没後400年に当たる2010年から、北國新聞社などが5年間実施した長谷川等伯ふるさと調査の成果を基に、等伯を生んだ能登畠山文化の歴史的、文化的な土壌をさらに掘り起こしていく。

 委員長に就いた東四柳史明金沢学院大名誉教授は初会合で「能登畠山文化に関する先行研究はさまざまあるが、多くの県民が認識するまでには熟成されていない」とあいさつし、調査を進める意義を強調した。

 委員からは文書資料が現存する寺社を現地調査して再検討したり、国史跡七尾城跡の発掘成果と関連づけたりする提案があった。能登畠山氏が京から招いた多くの文人を魅了した七尾湾の風景の再評価や、文献に残る名品の茶器の所在の確認、七尾市街地の形成過程も調べることを確認した。

 第1回調査は9月中旬、七尾市の山の寺寺院群を中心に行う。「能登畠山文化の源流をゆく」調査団の顧問と委員には次の各氏(五十音順)が委嘱された。

 ▽顧問 安部龍太郎(作家)嶋崎丞(県立美術館・県七尾美術館長)冷泉為人(冷泉家25代当主)▽委員長 東四柳史明(金沢学院大名誉教授)▽委員 石田文一(県立図書館史料編さん室専門員)垣内光次郎(県教委文化財課課長補佐)木越祐馨(七尾市文化財保護審議会委員)北春千代(県立歴史博物館学芸主幹)北原洋子(県七尾美術館次長)櫻井憲弘(元中能登町文化財保護審議会委員)瀬戸薫(県立図書館史料編さん室員)善端直(七尾市教委文化課課長補佐)的場久良(県七尾美術館主幹)三浦純夫(県埋蔵文化財センター調査部参事)和田学(七尾市教委文化課課長補佐)

 ●能登畠山氏 足利氏一門の有力武士で、室町時代初めの1391(明徳2)年に能登の守護に任命され、室町幕府の3管領の一つとして地位を築いた。応仁の乱後の1478(文明10)年、畠山義統(よしむね)が能登に下向し、義総(よしふさ)の時代には公家や歌人など多くの文化人が都から七尾に訪れ、畠山文化が花開いた。1577(天正5)年、上杉謙信により七尾城が落城し、能登畠山氏は滅亡した。

北國新聞社

最終更新:8月21日(日)2時50分

北國新聞社