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「粗末」愚かな戦争痛感 特攻艇、実寸大で復元

琉球新報 8月22日(月)5時0分配信

 【八重瀬】NPO法人沖縄鍾乳洞協会理事長、八重瀬風景ネットワーク会長の山内平三郎さん(69)=八重瀬町宜次=がこのほど、戦時中日本軍が使用し、沖縄戦でも使われていた特攻艇を復元した。山内さんは「造ってみると『こんな粗末なもので戦争をしたのか』と戦争の愚かさを感じる」と語り、どのように平和を実現するかを再考するきっかけにしたいと考えている。山内さんによると、実寸大で復元された特攻艇で現存するのは、国内ではこの1艇のみ。


 鍾乳洞協会は町の委託を受け、2008年に町内の鍾乳洞など地下資源を調査。その際、地域住民から町具志頭を流れる白水川沿いに特攻艇の秘匿壕があることを聞いた。14年、秘匿壕の測量を行い地形図を作製。壕は長さ約15メートル、高さ約2・5メートルで、奥からも外に出られるトンネル状。特攻艇を修理する空間もある。


 山内さんは広島県呉市の市海事歴史科学館(大和ミュージアム)で特攻艇の設計図を入手。沖縄しまたて協会から助成金を受け、今年2月ごろから復元に取り組んだ。

 復元した特攻艇は日本海軍が使用した「震洋一型」で、長さ約5・6メートル、幅約1・6メートル。材料は当時と同じベニヤのほか、杉材も使用。防水のため帆布を表面に張った。

 重さは約500キロ。爆弾やトラック用のエンジンを前部に積むと1トン以上になる。「船は前が沈んで進まなかった」との証言もあり、山内さんは「そんなにスピードも出ず、エンジン音も大きく、戦力としての役割を果たさかったはずだ。人の命を乗せる船ではなく、兵器としての感覚しかなかったのでは」と推測する。

 八重瀬風景ネットワークは22日から29日まで、特攻艇と秘匿壕についての展示を町役場エントランスホールで行う。問い合わせは(電話)090(1517)2027(山内)。

琉球新報社

最終更新:8月22日(月)10時39分

琉球新報