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「世界の山ちゃん」は、なぜ一代で全国区に踊り出られたのか

THE PAGE 8月22日(月)19時56分配信

 手羽先で有名な居酒屋「世界の山ちゃん」創業者である山本重雄氏が21日、解離性大動脈瘤で急死しました。名古屋を拠点とする居酒屋としてスタートし、全国に進出。海外展開も始めた矢先でした。山本氏は59歳とまだ若く業界からは惜しむ声が絶えません。

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 世界の山ちゃんは、名古屋の焼き鳥店として1981年に創業。当初は会社名も世界の山ちゃんだったそうですが、現在はエスワイフードという会社名となっています。今では全国進出を果たしている大手居酒屋ということになりますが、同社が成功した最大の要因は狭い地域に集中して出店する、いわゆるドミナント戦略を採用した点にあります。

 山本氏はもともと自衛隊員でしたが、焼き鳥店が儲かるという本を読み、事業を始めることを決意。除隊すると、飲食店に勤務しながら焼き鳥店の開業を目指しました。その時にたまたま隣にあったお店の名物が手羽先で、山本氏はこれを自身のお店の看板メニューにします。ピリ辛風味の手羽先はたちまち評判となり、山本氏の店は大繁盛となりました。

 お店が繁盛したのはよいのですが、満員になってしまうとお客さんの入店を断らなければなりません。山本氏はそれが心苦しく、近くにもう一軒お店があればお客さんを断らなくて済むという理由から、近いエリアに次々とお店を出す形となりました。結果的に名古屋の主要繁華街はあっという間に「山ちゃん」だらけとなってしまったわけです。

 小売店や外食産業の世界では、狭い地域に大量出店してその地域で圧倒的なシェアを確立する経営手法をドミナント戦略と呼びます。コンビニ業界ではセブン-イレブンが採用していることでも有名ですが、山ちゃんはまさにドミナント戦略の教科書ともいうべき店舗展開であり、これが同社飛躍のきっかけとなりました。

 もっとも当時の山本氏は経営も手探り状態で、ドミナント戦略ということを明確に意識していたわけではなかったようです。しかし、教科書的な知識がなくても、こうした経営手法が採用できていたということは、山本氏には天賦の才能があったのでしょう。

 ちなみに山本氏は2004年の東京進出に際して、タイや中国で鳥インフルエンザが流行し、手羽先が入手できないという大ピンチも経験しています。一時は出店も諦めかけたそうですが、山本氏の人柄に惚れ込んだ仕入れ先の社長が必至で手羽先をかき集め、無事東京進出を果たしたというエピソードも残っています。


(The Capital Tribune Japan)

最終更新:8月24日(水)12時49分

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