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iPS細胞10年、充実した支援体制が明日の科学をつくる

日刊工業新聞電子版 8月22日(月)13時5分配信

 京都大学の山中伸弥教授らがマウスのiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功し、その論文が2006年8月10日の米生命科学専門誌『セル』電子版に発表されてから、丸10年を迎えました(プリント版掲載は同25日)。これまでを振り返ると、わずか10年という短い期間での研究の進展にまず驚かされます。それには、研究者の日夜の努力もあるのでしょうが、それを陰で支える、きめ細かな支援体制の存在も見逃せません。

 iPS細胞については、マウスでの成果発表の翌年、2007年11月に、やはり山中教授らによってヒトiPS細胞の作製が発表され、2014年には網膜の難病である加齢黄斑変性を対象にした世界初の臨床研究が理化学研究所で始まりました。さらに、他人の細胞を使って効率よく低コストで細胞移植ができるよう、「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」も進められています。再生医療以外でも、iPS細胞が無限に増える能力を利用して、患者のiPS細胞から作った細胞に化合物を作用させ創薬につなげる研究や、難病患者のiPS細胞をもとに病態や治療法の解明に取り組むなど、日本を中心に世界各国で研究が進んでいます。

 「日本最高レベルの研究支援体制と研究環境の整備」。これは山中教授が所長を務める京都大学iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)が2030年を達成期限とした四つのビジョンのうちの一つ。ほかの三つは再生医療や創薬、新たな生命科学と医療についての目標をうたっています。土台となる研究環境の整備をわざわざ目標に盛り込んだのは、裏返せば、それだけ日本の研究環境が遅れていたことを示すのでしょう。

 山中教授は米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の関連研究機関であるグラッドストーン研究所に研究室を持っていることから、同研究所を参考に米国の研究環境の優れた部分をCiRAに採り入れています。例えば、違う研究グループが交流できるよう壁をなくしたオープンラボを設置したり、日本の研究所では珍しく、知的財産や広報の専門家を雇い入れたりしています。

 実際、iPS細胞と同じような多能性幹細胞の知財(特許)をめぐっては、外資系企業の日本人研究者による特許が米バイオベンチャーの手に渡っていた時期がありました。そのままだと、特許係争がいずれ持ち上がる恐れがありましたが、京大側が無償で当該特許権の譲渡を受け、権利関係が整理されたことで、研究者らが安心して研究に打ち込めるようになりました。派手に騒がれる研究成果に比べれば地味かもしれませんが、こうした功績はかなり大きいと思われます。

 さらに、今後も日本がiPS細胞研究をリードすることを目的に、人材の育成や海外との人材交流に力を入れている点も特筆され、その財政基盤の一助として京大iPS細胞研究基金が立ち上げられました。海外の優秀な若手研究者をフェローシップやインターンシップで雇用したり、基礎研究から臨床応用に向けて、それまで不安定な身分だった研究者や研究支援スタッフを10年単位で安定的に雇用したりしていくための寄付の受け皿となるものです。

 リオデジャネイロオリンピックでもそうですが、日本人がメダルを取ったり、あるいはノーベル賞で日本人の受賞が決まったりすると、われわれは自分のことのようにうれしくなります。とはいえ、精神面での応援はあるに越したことはないにせよ、先端研究には多額の資金が必要ですし、公的な研究費だけですべてが賄えるわけではありません。日本には寄付文化が根付いていないからこそ、iPS細胞のように広く社会が恩恵を受ける可能性の高い研究はついては、一般からの「目に見える」支援もある程度必要なのではないでしょうか。

 ということで、当方もその趣旨に賛同し、少額ながらiPS細胞研究基金に寄付をさせていただきました。「科学技術立国」は科学者や企業の研究者、政策立案者だけに任せておけばいいというものではありません。欧米のように、日本にも一般社会が研究を支援する文化が定着し、科学への期待が、明日の科学につながることを願ってやみません。(デジタル編集部長・藤元正)

最終更新:8月22日(月)13時5分

日刊工業新聞電子版