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難聴なんの 憧れの空へ バルーンパイロットへ挑戦 佐賀

佐賀新聞 8月22日(月)9時55分配信

■宮本泰弘さん(32)唐津市

 バルーンのパイロットを目指す聴覚障害者がいる。唐津市の会社員、宮本泰弘さん(32)。5歳のころに見た大空に浮かぶバルーンに憧れ、念願のクラブ入りを2年前に果たした。パイロット資格を得るための試験が大きな関門で、1人で地上と無線で交信しなければならない単独飛行が難しい。音声情報をどうやってやりとりするか、競技関係者らとともに前例のない挑戦を続けている。

■「筋がいい」

 宮本さんはビーバーバルーンクラブ(佐賀市)の訓練生。会社の休日を利用し、嘉瀬川河川敷に足を運ぶ。バスケットの組み立て方など基本から学び、鶴崎伸一会長と一緒に乗り込み、水平を保って飛行するためのバーナー調節訓練も繰り返してきた。累計の飛行時間は約2時間になる。

 「筋がいい」と評される宮本さんだが、電車の通過音が線路の高架下でなければ聞き取れないくらい、聞こえづらさがある。バルーンでは、バーナーに点火した瞬間の「ボッ」という音がようやく聞き取れる。

 宮本さんがバルーンと出会ったのは、佐賀県立ろう学校幼稚部に通っていた1989年。この年の秋、佐賀で初めて熱気球世界選手権が開かれた。会場の嘉瀬川河川敷にほど近い佐賀市鍋島町の学校の空には、色とりどりのバルーンが浮かび、思わず目を奪われた。

 海外からの選手が学校を訪れ、係留飛行の体験をさせてくれた。初飛行の瞬間は鮮明に覚えている。「ふわーって感じがした。パイロットは背が高くて、操縦する姿がかっこいいなと思った」。以来、父親に毎年、佐賀の大会に連れていってもらうようになった。

 高校生のころ、近隣のバルーンクラブに所属を申し込む手紙を送った。しかし返事が来ることはなく、宮本さんは肩を落とした。

 転機は2014年。佐賀市にできた県聴覚障害者サポートセンターの伊東康博センター長(70)が、佐賀バルーンフェスタ組織委員会に働き掛け、現在のクラブへの所属が決まった。

 バルーン競技は「チェイスカー」と呼ばれるバルーンを追跡する車とのやりとりが欠かせない。地上からは別のバルーンの動きなど空の状況を巡る音声情報などが逐一もたらされる。

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最終更新:8月22日(月)9時55分

佐賀新聞