ここから本文です

俳人・金子兜太さん、戦争体験を講演 日比谷で歌人ら、戦争語り合う

埼玉新聞 8月22日(月)10時30分配信

 歌人ら文芸家が戦争について語り合う「8・15を語る歌人の集い」が14日、東京都千代田区の日比谷図書文化館コンベンションホールで開かれ、俳人で現代俳句協会名誉会長の金子兜太さん(96)=熊谷市在住=が「私の戦争体験」をテーマに講演した。

 金子さんは1919年小川町生まれ。日本芸術院会員で、戦後の現代俳句を代表する俳人。戦時中は東大を繰り上げ卒業して日本銀行に入行。44年3月から終戦まで、海軍中尉として南方のトラック諸島に赴任した。

 当時のトラック諸島は、ラバウルに武器と食料を運ぶ中継基地。「南太平洋の拠点として死守せよ」が上層部の方針だった。

 ところが金子さんが到着する直前、2日連続で米軍の艦砲射撃や空襲を受けた。航空機270機を失い、艦船43隻が沈められ壊滅状態。島に踏み入れた瞬間、戦争の厳しい現実を見せつけられた。「島中が真っ黒け。(海の中が)艦船と飛行機の残骸で埋め尽くされ、とにかくひどかった」

 米軍に補給路を断たれ、食糧難にも苦しんだ。栽培したサツマイモは夜盗虫(やとうむし)に食われ、半分余りが収穫できなかったという。

 金子さんが所属した部隊でも飢え死にする人が相次いだ。「200人の隊員中、少なくとも30~40人は餓死した」と振り返り、部下たちの非業の死を悔やんだ。

 爆撃、機銃掃射、飢餓…。金子さんは、戦後の生き方を決めたトラック島での不条理で悲惨な体験を振り返りながら、「二度とそんな世の中にしてはならない。微力ながら少しでも力を尽くしたい」と決意を込めた。

 講演後、「埼玉歌壇」選者の沖ななもさん=さいたま市在住=が構成した短歌リーディングや、「伊那の谷びとと満蒙開拓団」(小林勝人さん)、「戦争と短歌」(梓志乃さん)をテーマにした講演も行われた。

 集いは今年で26回目の恒例行事。「8・15を語る歌人の会」(水野昌雄会長、事務局・深谷市)が主催し、220人が参加した。

最終更新:8月22日(月)10時30分

埼玉新聞