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人は時に合理的である-ふるさと納税シリーズ(3)ふるさと納税の変遷が教えてくれる

ZUU online 8月23日(火)17時0分配信

■はじめに

金融工学やファイナンス理論などを学んでいると、「合理的」という言葉をよく目にする。人が合理的に行動することを前提として、多くの理論が成り立っているからだ。

しかし、実際は人が合理的に行動しているとは考えられない事例が多く、そのことが世間に広く知られつつある。そのため「合理的」という言葉を聞くと、反射的に警戒心を抱く人が多いように感じる。

そんな中一つ、人々の行動はかなり合理的である例を紹介したい。それは、ふるさと納税制度を巡る人々の行動だ。そこで、ふるさと納税制度の変遷を辿り、この合理的行動を紹介する。

■ふるさと納税利用者の変遷

地方自治体に対する寄附金については、通常の寄附金控除に加え、特例分として、住民税の一定割合まで税額控除額を上乗せする制度、所謂ふるさと納税制度が平成20年に創設された。創設当初の寄附者一人当たりふるさと納税額は20万円程度であり、ふるさと納税制度の利用者数(寄附者数)は3万人程度に限られていた。

平成27年より特例分の上限が住民税額の1割から2割まで引き上げられたが、それより前は年収が1,500万円あっても、ふるさと納税を20万円もすると実質負担額が自己負担下限額(当時は5,000円、現在は2,000円)に収まらなかった。つまり、創設当初(平成20年~21年)におけるふるさと納税利用者は、自己負担下限額以上に負担し寄附する共助の精神が高い人(*1)、もしくはお金に余裕のある高額所得者に限られていた。

そして、平成22年からふるさと納税の自己負担下限額が5,000円から2,000円に引き下げられた。この引き下げが、近年のふるさと納税利用者層の拡大に寄与したことに間違いはないだろうが、残念ながら即座に利用者層を拡大するには至らなかった。

ふるさと納税利用者数が急増したのは平成23年である。これは、東日本大震災で甚大な被害を受けた自治体への支援の手段として、ふるさと納税が活用されたためだ(*2)。なお、平成23年における寄附の大部分が利他的な寄附であったことは疑いようがない(*3)。

その反動で平成24年は寄附者数が大幅に減少したが、平成25年以降は再び利用者数は増加に転じた。それと同時に、寄附者一人当たりふるさと納税額が減少している。これは、返礼品に対する認知度が高まり始めた時期に一致する(*4)。

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(*1)平成20年における寄付金額合計に占めるふるさと納税に係る寄附金税額控除額の割合は26.1%。これが、通常の寄付金控除以外の部分(ふるさと納税に係る寄附金税額控除額が特例分)を指し、かつ全寄附者が自己負担下限額に収まる範囲内で寄付したことを前提にすると、この割合は100%から通常の寄附控除分(当時の所得税の最高税率40%と住民税率10%(基本分))を引いた値50%を下回ることはない。このことから、自己負担下限額以上に負担し寄附する志の高い方が相当数いたと考えられる。
(*2)総務省が公表する「各自治体のふるさと納税受入額及び受入件数(平成20年度~平成27年度)」によると、平成23年度において、被害が相対的に甚大であった東北三県(岩手、宮城、福島、県内市町村を含む)への寄付額が全体の39.2%を占める。
(*3)平成23年における寄付金額合計に占めるふるさと納税に係る寄附金税額控除額の割合は32.4%であり、依然、自己負担下限額以上に負担する寄附者が相当数いたことが分かる。
(*4)寄付金額合計に占めるふるさと納税に係る寄附金税額控除額の割合は、平成25年で42.7%に急増(前年対比+7.9%)し、平成26年には54%に達した。
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■寄附者の合理的行動

◆平成25年度から、寄附先分散が主流に

2章では、寄附者を軸に集計されたデータを用いて、寄附者一人当たりふるさと納税額と利用者数の推移を確認した。そして、推移を参考にふるさと納税利用者層の変遷とその変化の引き金について論じた。この章では、寄附受領者である自治体から集計されたデータを用いて、寄附一件当たり寄附額の推移を確認する。

平成20年度の15.2万円から平成24年度の8.5万円まで徐々に低下してはいたが、注目すべきはふるさと納税に対する返礼品に対する認知度が高まり始めた平成25年度に急減している点だ。そして、集計時期が多少異なるが、同時期の寄附者一人当たりふるさと納税額と比較すると寄附者の行動変化がよく分かる。

平成24年度までは、一件当たり寄附額(平成24年度:8.5万円)は寄附者一人当たりふるさと納税額(平成24年:12.2万円)の3分の2程度であったが、平成25年度は3分の1、平成26年度に至っては4分の1程度に低下している。これは、返礼品目的の寄附が急増したことと、当時主流だった返礼品の送付方針に起因するものだ。

◆当初、返礼品は自治体のPR手段であった

総務省が平成25年9月に公表した「ふるさと納税に関する調査結果」によると、特産品を送付することについて、「積極的に実施すべき」と回答した自治体が13%、「特に、問題はない」と回答した自治体が55%で、返礼品の送付に否定的な自治体は一部に限られていた。そして、自治体が返礼品の送付に好意的な理由として、PR効果や感謝の気持ちを伝える手段を挙げる自治体が大多数を占めている。

PR効果や感謝の気持ちを伝える手段であったことから、返礼品の送付方針は「一定額以上の寄附者に対して、同じ特産品等を送付」が42%、「全ての寄附者に対して同じ特産品等を送付」が14%となっていた。つまり、一定額以上寄附すれば、寄附金額と返礼品の量や質は無関係とする自治体が半数以上を占めていた。

なお、「寄附金額に応じて特産品等の内容を変更」が44%あるが、筆者は、「寄附額が高額な場合に、牛一頭分の牛肉等の特別な特産品が用意されている事例があった程度で、返礼品の量や質が寄附金額に比例してはいなかった」と記憶している。

以上のことから、一部の高額納税者を除き、自己負担下限額以上に負担しない限り、特別な特産品に手が届かなかった。また、同一の自治体に一定額を超えて寄附しても、返礼品の量や質が良くなることもなかった。これより、返礼品目当ての寄附者における最適寄附行動は明らかである。

一つの自治体に対する寄付金額は、特産品に手が届く最小限(1万円が一般的)に留め、実質負担額が自己負担下限額に収まる範囲内でより多くの自治体に寄附するのが最も合理的だ。つまり、平成25年以降の一件当たり寄附額の急減は、寄附者の合理的行動の結実に他ならない。

■自治体の合理的行動

◆平成27年度制度改正

平成27年度にふるさと納税制度が改正された。改正点は2つある。まず、2章で説明の通り、特例分が2倍に拡充され、ふるさと納税上限額(実質負担額が自己負担下限額にとどまる寄附額上限)も2倍になった。これにより、ふるさと納税上限額が6万円を超える納税者が増えた。

ふるさと納税上限額が6万円を超えるのに必要な年収の目安が、独身者やDINKSなど扶養家族がいない場合は、750万程度から500万円程度に、専業主婦と大学生と高校生の子供がいる場合なら900万円程度から675万円程度に引き下がったからだ。

これは、返礼品目当ての寄附者にとって、より多くの返礼品を受け取ることが可能になったと言い換えられる。自己負担下限額は変わらず2,000円なので返礼品目当ての寄附の利点が大きくなったのだ。

次に、手続きが簡素化された。従来は確定申告が不要な給与所得者であっても、ふるさと納税の寄附金控除を受けるには確定申告が必要であった。平成27年度以降は、確定申告を行わなくても、寄附する自治体にワンストップ特例申請書を提出すれば、ふるさと納税の寄附金控除が受けられるようになったのだ(ふるさと納税ワンストップ特例制度)。ただし、この制度を利用するには寄附先自治体を5自治体以下に抑える必要がある。

◆送付方針異常あり

3章で返礼品目当ての寄附者にとって、特産品に手が届く最小限(1万円が一般的)に留め、ふるさと納税上限額の範囲内でより多くの自治体に寄附することが合理的だと述べた。

特例分の拡充により、ふるさと納税上限額が6万円を超える寄附者が増えたが、より多くの返礼品を得るために、この戦略の実行を試みる寄附者は、平成27年度の制度改正により二者択一を迫られることになる。彼らには、従来の寄附先を6自治体以上に分散するか、ふるさと納税ワンストップ納税特例制度を利用するために寄附先自治体を5自治体以下に抑えるか選択する必要が生じたのだ。

それに対して、自治体の反応は早かった。ほとんどの自治体が、寄附金額毎(例えば、1万円刻み)に返礼品の質を変える、もしくは寄付金額に応じて返礼品を多く送付する方針に転換したのだ。これにより、一つの自治体に対する寄付金額を、特産品に手が届く最小限(1万円が一般的)に留める必要性がなくなった。

つまり、返礼品目当てで、かつふるさと納税ワンストップ特例制度の利用を希望するふるさと納税上限額が6万円を超える寄附者は、上記の二者択一から解放されたことを意味する。自治体にとっても一件当たり寄附額アップが期待できる。事実、平成27年度の一件当たり寄附額は2.3万円(寄付総額1,653億円、受入件数726万件)に反転した。このように、寄附者のみならず、自治体も合理的に対応している。

◆5自治体以下に抑えるのは何故?

そもそも、ふるさと納税ワンストップ特例制度を利用するには、寄附先自治体を5自治体以下に抑える必要性はどこにあるのだろうか。

総務省のふるさと納税ポータルサイトにおいて、ふるさと納税創設時の検討資料(ふるさと納税研究会(平成19年6月1日~平成19年10月5日))を含め、ふるさと納税に関する情報が広く公表されている。しかし、ふるさと納税ワンストップ特例制度創設時の検討資料は掲載されておらず、検索エンジンの力を借りても寄附先自治体を5自治体以下に抑える理由は見つけられなかった。

筆者は「より多くの返礼品を手に入れるための寄附先分散」を抑制する目的であったのではないかと推測している。根拠は、「平成27年度税制改正大綱(平成26年12月30日 自由民主党 公明党)」において、平成27年度制度改正とあわせて、「地方公共団体に対し、返礼品等の送付について、寄附金控除の趣旨を踏まえた良識ある対応を要請する」という記載があることだ。より数多くの返礼品を手に入れることを目的とした納税者の行動を良しとしない考えがあったと推測できる。

仮に、筆者の推測が正しければ、寄附先分散を抑制する効果はあったかもしれないが、自治体の合理的行動によって、「より数多くの返礼品を手に入れるための行動」自体は抑制できなかったことになる。別の理由として、寄附者が居住する自治体の事務負荷を考慮し、寄附先自治体を5自治体以下に抑えた可能性もある。

しかし、平成28年以降、ふるさと納税ワンストップ特例制度を利用する際にはマイナンバーが必要となり、事務負荷が大幅に軽減されるはずにも関わらず、自治体数の上限が緩和されていない。それどころか、ふるさと納税ワンストップ特例制度は自治体の負担が大きく、自治体数に上限を設けたことで、更に寄附者が居住する自治体の事務負荷を大きくしている面すらある(*5)。

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(*5)ふるさと納税シリーズ(4)にて執筆予定
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■まとめ

冒頭で、人が合理的に行動しているとは考えられない事例が多いと書いた。しかし、人が合理的に行動できないのは、心理的混乱状態にある場合や、何が合理的行動か判断できるほど問題が難解な場合等に限られる。幸い、ふるさと納税制度に対する人々の行動はかなり合理的だ。

こうした人々の合理的行動を踏まえ、制度を再設計するべきではないだろうか。寄附金控除の趣旨がいかに崇高であっても、人々の合理的行動を踏まえた設計でなければ帰結が歪むだけでなく、無駄な事務負担を招くのだから。

高岡和佳子(たかおか わかこ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員

最終更新:8月23日(火)17時0分

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