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ブランドは誰をどう喜ばせるのか

ITmedia ビジネスオンライン 8月23日(火)6時52分配信

 前回、ブランド・ビジョンを構成する7つの要素を紹介しました。


1. そのブランドのポテンシャル/強み(潜在的能力)
2. ブランドのもつ人格(パーソナリティー)
3. 象徴的なことがら(シンボル)
4. ブランドが具体的に提供するもの(機能的価値)
5. 喜んでもらいたい人の価値観(ターゲット価値観)
6. ターゲットがいだく喜び(情緒的価値)
7. ブランドとターゲットが築くべき関係^性(関係性)

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 1から4は、いわば「自身」にかかることがらでした。これに対して5から7は「相手」にかかることがらになっていきます。まずは、5の「ターゲットの価値観」です。

 誰かの顔を思い浮かべることで、幸せを感じる。自分のモチベーションが上がる。そうした経験は、きっと誰にでもあると思います。人は、自分以外の誰かを幸福にしていくことで、自分が幸福になっていくものです。このことは、近年の「幸福学」の領域でも多くの専門家が指摘しています。

 同じように、企業も“誰かの幸福に貢献できている”と実感するときに、自分たち自身の幸せを実感し、モチベーションを上げることができます。自分たちの会社で、自分たちの強みを生かして、「こういう商品を作っていこう」「こういうサービスを提供していこう」「こういうブランドに成長させていこう」と考える際に描くべきものは、幸せになっていただく“誰かの顔”なのです。

 この“誰かの顔”は、できるだけ具体的である必要があります。しばしば陥りがちな例を挙げると、例えばある商品なりサービスのターゲットについて尋ねた際に「うちは、20代から30代の女性」というような答え方をされるケースがあります。しかし、こういう対象の設定はよくありません。

 なぜなら、「20代から30代の女性」というのは、人によって思い浮かぶ人物像があまりにまちまちだからです。ある人は高級志向なエレガントな女性をイメージするかもしれないし、別の人は庶民的な女性を想像するかもしれません。バリバリ仕事をしている女性なのか、仕事を持っていない女性なのかも判然としません。大人っぽい女性なのか、まだ学生なのか、独身なのか、子育てに追われているのか、イメージする像はまちまちでしょう。

●どういう「価値観」を持った人なのか

 大切なことは、自分たちの会社の強みを生かして、誰かに喜んでもらうことのはずです。喜んでもらうためには、その相手の望んでいるもの、価値観として大事にしているものにフィットしたものを提供しなければなりません。そう考えると、「20代から30代の女性」というような設定では、じつは大ざっぱで曖昧であり、実際的でないことが分かると思います。

 ブランディングでは、企業ブランディングであれば、まず社内を同じ方向に向かわせることが重要ですし、商品ブランディングであれば、その商品に関わる人を同じ方向に向かわせることが大事になってきます。ターゲットの価値観をできるだけ鮮明にし、それを共有できなければ、組織はバラバラのままいろいろな方向に力が分散し、「情熱の総量」を上げることができません。

 例えば、飲食店を作るとしましょう。若い女性に来てもらいたい。でも、ビジネスパーソンにも来てもらいたい。高齢化社会だから年配のお客さまにも愛されたい。小さい子供を連れたファミリー層にも来てもらいたい。地元の住民にも観光客にも愛されたい……。このように、往々にして経営者側の思いは際限なく広がっていきかねません。もちろん実際に、そうしたさまざまな客層から愛され利用されている店舗というものもあるように見えることもあります。

 マーケティングの側面から言えば、より多くの人々から愛されることが望ましいわけで、より幅広い客層が利用し購買してくれるというのは一つの理想ではあります。ただし、ブランディングという視点で考えると、ブランドを育てる側が明確に焦点を合わせるべき具体的な“誰かの顔”がないといけないのです。

 そして、ここで焦点を鮮明に合わせるべき“誰かの顔”というのは、「若い」とか「ビジネスパーソン」とかといったその人の単なる外形的な所属で設定するのではなく、その人の“価値観”でカテゴライズすべきなのです。つまり、何を大切にしたいと考えている人なのか、というところに本質があるのです。その大切にしている“価値観”をブランド側と消費者側で共有していくのです。

 例えば、カフェやレストランを考える場合でも、自分たちが喜んでほしいお客さまの“価値観”を、さまざまにくみ取ることができます。アクティブに行動するのが好きな人。読書など1人の静かな時間を大切にしたい人。生活の中で上品な空間や時間に触れたいと考えている人。気の置けない仲間とにぎやかに過ごしたい人。その地域に愛着を持っている人。自分の仕事にプライドを持っている人。子供と一緒に過ごすことを大切に考えている人。安全な素材にこだわった手作りの料理を食べたいと考えている人。

 自分たちの提供できるもの、その強みといったことがらをよく吟味して、どのような“価値観”を持った人を自分たちは喜ばせることができるのか。そこを考えつくして、ブランディングとしてのターゲット像をできるだけ具体的に絞り込んでいく。それは言葉で長々と説明しないと伝わらない「〇〇で〇〇〇のような人」という漠然とした設定より、究極的には特定の誰かの顔がハッキリ定まっているくらいシンプルに絞り込まれていることが理想です。

 なぜなら、企画開発から販売や広報宣伝、経営者から現場のアルバイトに至るまで、そのブランドに関わるすべての人たちが、自分たちが幸福にしたい対象のイメージをブレなく共有する必要があるからです。

●ピントの合ったターゲット設定

 私がブランドビジョンの設定をその企業の社員の方たちと進める際は、ターゲットになりそうな実在の人物の名前を挙げてもらいます。周囲の人がその人物を知っているかどうかは関係ありません。

 そのブランドを育てたいと考えている社員が、具体的に“この人に喜んでほしい”と想定できる誰かをイメージすることはとても重要です。具体的な名前を挙げてもらった上で、「なぜこの人に喜んでもらいたいと考えたのか」「この人のどういう価値観がこのブランドに共感すると思ったのか」そのことを考えてもらうようにしたほうが、よりターゲットとして想定される価値観が鮮明に浮かび上がってくるのです。

 いわば、その喜んでいただきたい“一人の人”のために、チーム一丸となって徹底的に準備をする。それでこそ“情熱の総量”も高まっていきます。もちろん、これはその“一人の人”以外を排除するというようなことではありません。譬えて言えば、人込みの中で誰かにピントを合わせて写真を撮るようなものでしょうか。どこにもピントが合っていない写真は、大勢の人が写り込んでいても、雑然としているだけで凡庸になりがちです。レンズが狙うべき誰かにしっかりフォーカスしてこそ、全体も生き生きと見えてくるものです。

 別の言い方をすれば、一人を満足させられない商品が、大勢の人を満足させられるわけがないのです。一人の人を真に喜ばせられれば、百人でも千人でも喜ばせることができるでしょう。そういう意味でも、“誰に喜んでもらいたいのか”のイメージ像は、できる限り具体的な“顔”として定まることが大切なのです。

 あのルイ・ヴィトンは、旅行用カバンの専門店として19世紀に誕生しました。そのブランドが時代の波を乗り越えて世界に君臨し続けているのは、王室などセレブリティーに明確なターゲットを置いて、その人たちに喜んでもらう商品を作るという意志を変わらずに持ち続けているからだと私は思っています。

 実際には、今日ではお金を出せば誰でもルイ・ヴィトンの商品を買うことはできるわけですし、世界全体で同社の製品を買っているお客さまの数から考えると、王室などセレブリティーの顧客は1パーセントにもならないかもしれません。しかし、なぜ多くの人がルイ・ヴィトンというブランドに魅力を感じるかといえば、それが本来セレブリティーのために用意された品質であるという共通の了解があるからなのです。

 もしもルイ・ヴィトンがそこを手放してしまえば、人々がルイ・ヴィトンに憧れる理由がなくなってしまうのです。これは単に、高級ブランドを目指してブランディングを行おうと言っているのではありません。あくまでも、ターゲットの設定はできるだけ鮮明にした方が、ブランディングの成功に向けて近道であることをご理解いただければと思います。

●ブランドを一緒に育てるために

 では、その相手にどう喜んでほしいのか。これが6の「情緒的価値」になります。そのブランドと関わることで、相手の中に生まれる“喜び”の具体的な姿です。

 別の言い方をすれば、人がモノやサービスにお金を払うという時には、その結果として“どんな喜びに出合えるか”というワクワクした感情があるはずです。“喜び”というのは、あくまでもお客さまの中に情緒として生まれるものです。

 思い出してください。ブランドとは単なる商標でも差別化でもなく、“人を幸せにする存在”であり、ブランディングとは“幸せな関係づくり”でした。ですから、誰かを喜ばせるということについて、具体的に“どう喜んでもらいたいのか”“どのような喜びの声を聞きたいのか”というビジョンや情熱が、自分たち自身になければなりません。

 言葉として単に「喜んでいただく」では、どうしても抽象的な話に終わってしまいます。自分たちはこの仕事を、この商品を通して、どのような喜びをもたらしたいのかを、明確にしておく必要があるのです。そして、その具体的な“喜び”を生み出すためには、ブランドとターゲットとはどのような関係性を築けばいいのか。これが7です。

 私たちが特定の誰かと、親しい幸せな関係を築きたいと思う時も、それは「恋人になりたい」のか「兄弟のような信頼関係になりたい」のか、あるいは「何でも率直に語り合える友達でありたい」のか、はたまた「よきライバルになりたい」のか、関係性というのはさまざまあります。

 これはブランドでも同じなのです。ブランドは、作り出す側とお客さまの側との双方の情熱で一緒に育てていくものです。一緒に育てるためには、どういう関係であることが最善か。どのような関係であれば、末永いおつき合いができるのかということです。

 サンダル履きで気軽に出入りできる関係がいいのか、日々の生活の中で気分をリフレッシュし合えるような関係がいいのか、特別な日に一緒に過ごしたい関係なのか。もしも高級ブランドをめざそうとすれば、人々からちょっと憧れられるような、背伸びをしたくなるような、そういう関係性を作り出さなければなりません。

 ブランドとターゲットとの関係性を、ビジョンとしてあらかじめ描いておくことが、より永く確かな関係づくりのために重要なことなのです。

●「情緒的価値」は自分も相手も幸せにする

 メーカーなどの中には時々、「これを買って、お客さまがどう喜ぶかは、お客さまの自由だ」と考えているところがあります。自分たちは自分たちがいいと思うものを精いっぱい作ればいいことで、お客さまに生まれる情緒的な価値はさまざまあっていいのではないかというわけです。

 一見、それもそうかなという意見であり、職人気質といえば職人気質な意見でしょう。しかし、私はやはり“お客さまからどんな喜びの声を聞きたいのか”“お客さまのどんな喜びの顔を見たいのか”ということが、ブランドを育てる自分たちの情熱やエネルギーになると思うのです。だから、誰にどんな喜びを提供したいのかということは、きちんと描かれている必要があるはずなのです。

 「ジャパネットたかた」という有名なテレビショッピングの会社があります。独特の高い声で商品説明をする創業者の高田明氏のことは、大抵の人が記憶にあるでしょう。長崎県佐世保のカメラ店を全国規模の通販会社にまで一代で発展させた高田氏ですが、氏がテレビカメラに向かって熱く語っている内容というのは、じつは「情緒的価値」だと思います。

 つまり、それぞれの商品の機能を語っているようでいて、本当にそこで伝えようとされているメッセージは、“この商品を買えば、どんな喜びが待っているか”ということなのです。

 このデジカメは何万画素ありますとか、この商品はこんなに操作が簡単ですと語りながら、高田氏は「かわいいお孫さんの姿を撮っておける」「見たい番組を見逃さない」などといった、お客さまが買うことで得られる喜びを具体的に伝えているのです。

 さらに「情緒的価値」を明確にすることは、自分たち自身の喜びにもつながります。ポジティブ心理学の第一人者ロバート・ビスワス・ディナー博士がNHKの「『幸福学』白熱教室」で語っていた印象深いエピソードがあります。

 あるとき、空港と契約駐車場(マイカーを停めておく駐車場)の間を行き来するシャトルバスに乗った博士は、その運転手がとても幸せそうに仕事をしていることに気付きました。博士の目には、来る日も来る日も、同じ景色の短い区間を往復するだけの単調な仕事に思えたにもかかわらずです。

 なぜそんなに幸せなのかと問うた博士に、運転手は「自分の仕事は最高の仕事だ」と答え、「旅行業界の一部を担っているというところが気に入っている」と楽しそうに答えます。自分の運転するバスに乗って契約駐車場を利用することで、多くの人々がお金を節約できている。つまり自分は、人々が遠くに住む家族と過ごすために安く旅行をするというシステムの一翼を担っており“家族と家族を結ぶ”仕事をしていると運転手は答えたというのです。

 このように、自分の仕事が誰をどのように喜ばせていくのかという「情緒的価値」を明確に思い描くということは、自分の幸福にも、お客さまの幸福にも不可欠な要素なのです。

(つづく)

最終更新:8月23日(火)6時52分

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