ここから本文です

世界に衝撃与えたシリア男児の写真、父親が語る爆撃の瞬間

The Telegraph 8月23日(火)14時57分配信

【記者:Raf Sanchez, Said Ghazali】
 人生が永遠に変わってしまう瞬間が訪れる直前、ダクニーシュさん一家は居間に集まっていた。包囲攻撃にさらされているシリア北部の都市アレッポ(Aleppo)で、できる限りくつろごうとしていた。

 父親のアブ・アリさんは、息子のオムラン(Omran Daqneesh)君と一緒にソファに座っていた。もう1人の息子と娘2人はアパートの1階に、一番上の息子のアリ君は外で友人と遊んでいた。

 その日の夕方は静かで、日が沈んでからも暑かった。オムラン君は靴を履いていなかった。アブ・アリさんはシャツを脱ぎ、白い袖なし一枚になっていた。父は横に座る幼い息子のくせ毛の黒髪を見つめていた。

 そして、彼らの世界は爆発した。

 空爆後の、まさに幽霊のような顔をしたオムラン君の写真は世界中の新聞に掲載された。アブ・アリさんはテレグラフ(Telegraph)紙嘱託のシリア人活動家とのインタビューに応じ、一家が普通に過ごすことができた最後の夜について語った。

 大柄のアブ・アリさんはアレッポの仮住まいの外に座り、まだ生々しい額の大きな切り傷を親戚に押さえられながら、質問に答えた。アブ・アリさんは、自分の息子がどのようにして「シリア内戦の象徴」になったのか理解しようとしていた。

 彼はニックネームでの取材を希望した。期せずしてシリア政府による自国民への暴力の象徴となってしまった自分たち一家が、アサド政権から報復されることを恐れているためだ。

 オムラン君を治療したアレッポの医師らは彼を5歳だと報告したが、実際にはまだ3歳だという。オムラン君はもう退院したと、アブ・アリさんは語った。そして、アパートが空爆によって崩壊した瞬間について語るとき、顔をしかめた。「子どもたちが自分の目の前で倒れていくのを見るのは本当につらかった」

 ソファは真っ二つに割れ、オムラン君はその真ん中の隙間に落ちた。アブ・アリさんは、自分ががれきの中から抜け出るのに何秒かかかったが、体が自由になって最初に手が届いた子どもがオムラン君だった。破壊されたソファからオムラン君を助け出すと、オムラン君の兄をつかみ、それまでにアパートになだれ込んでいたレスキュー隊に2人の息子を引き渡した。「兄弟で助け合いなさい」と息子たちに言い残して、アブ・アリさんは残りの子どもたちを探しに戻った。

 今や上空を飛ぶ戦闘機を見分けられるようになっているアレッポの人々は、今回の空爆はロシアのスホイ戦闘爆撃機によるものだと証言した。しかし露政府は19日、自国のパイロットの関与を否定し、欧米諸国が「常とう手段の反露プロパガンダ」として、オムラン君の写真や映像を利用していると非難した。

 一方、米国務省はオムラン君のことを、シリア内戦を物語る「本当の顔」だと表現。同省のジョン・カービー(John Kirby)報道官は、「あの幼い少年は生まれてから1日たりとも、自分の国に戦争や死や破壊や貧困のない生活を経験したことがない」と述べた。

 オムラン君の写真によってアレッポに注目が集まっているが、そのことが、現地の人々からシリアを見捨てたとみられている欧米諸国の態度を真に変えることにつながるかどうか、疑問視する向きもある。

「1~2週間もすればオムラン君とアレッポのことなど忘れ去られるだろう」と、英語教師をしているアブデルカフェ・ハムド(Abdelkafe Al-Hamdo)氏は言う。「人々は今日はあの子について語り、同情して涙を流し、彼により良い未来が訪れることを望むだろう。そして忘れるのだ。オムラン君は殺されるかもしれないが、誰も彼のことを思い出しはしないだろう」

 空爆時に家の外で遊んでいて重傷を負ったオムラン君の兄、アリ君(10)は死亡した。【翻訳編集】AFPBB News

最終更新:8月23日(火)14時57分

The Telegraph