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藤巻亮太、『ツール・ド・東北』テーマソングに込めた思いとは?――「応援する側/される側の境界線を消す」/〈視線の先〉インタビュー

トレンドニュース(GYAO) 8月23日(火)19時8分配信

東日本大震災の復興支援、および震災の記憶を未来に残していくことを目的に、2013年にスタートした自転車イベント「ツール・ド・東北」が今年も9月17日(土)・18日(日)の2日間にわたって開催される。本イベントは、順位やタイムを競うレースではなく、楽しく走ることを目的としたファンライド形式。参加者からは、「沿道からの声援に、逆に自分が元気をもらった」との声が、地元の人たちからは、「震災後に応援してくれた人たちを、今度は私たちが応援したい」との声が挙がるなど、「応援する側/される側」の境界線がいつの間にか消えていくような、そんなすてきな内容だ。

藤巻亮太が歌う、『ツール・ド・東北』のテーマソング「LIFE」>>

今回そんな「ツール・ド・東北」のテーマソングを歌うのは、藤巻亮太。早くから復興支援に参加してきた彼に、「ツール・ド・東北」への思いや楽曲を作る上でのエピソードなど、たっぷり語ってもらった。

■ 「応援する側/される側」の境界線が消え、お互いに支えあっていこう

ーー今回、「ツール・ド・東北」のテーマソングを書き下ろすことになった経緯は?

藤巻: 実は、東日本大震災が起こる前日と前々日に、横浜アリーナでレミオロメンのライブをやっていたんです。その場所が、震災の翌日には避難所になって。テレビでその光景を目の当たりにして、とてもショックを受けました。また、同じ月にはもう1本、神戸でライブが決まっていたんですね。当時は自主規制の風潮もあって、ライブをやるかどうかものすごく考えました。結果的に、「何もしないでいるのではなく、とにかくアクションを起こそう」と、「やる」という決断を下したことが自分の中ではとても大きかったんですよね。

ーー翌月には「炊き出し」もおこなっていますね。

藤巻:はい。ap bank主宰の小林武史さんを中心に、炊き出しをすることになり、僕も4月7日に石巻へ行きました。その日は最大余震が起きた日で、専修大学のテント村で寝ていたら、夜中に遠くの方から凄まじい地鳴りが聞こえてきて。その数秒後に、今まで経験したことのない揺れを体験しました。みんなで校舎の屋上に避難したのですが、海の匂いが漂ってくるんですよ。それはもう、本当に怖かった。

ーーまだとても、「音楽を届ける」という状態ではなかったわけですね。

藤巻:ええ。でも、その日の昼に、女川の避難所にカレーや物資を届けに行ったら、僕に気づいてくださった人から、「ぜひ、歌ってください」って言われたんです。その避難所の玄関で「3月9日」を歌いました。これは、自分の中で、ものすごく大きな出来事でした。こんなことになって、再び音楽が必要とされるときがいつ訪れるのか分からないけど、自分にできることをしていこうと決心しました。そのあとap bankの「歌の炊き出し」という被災地に歌を届ける活動に参加して、2012年までは月一回のペースで被災地を訪れていました。

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最終更新:8月23日(火)19時8分

トレンドニュース(GYAO)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。