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“聖地”横浜で熱いライブ  ザ・イエロー・モンキー、再始動

カナロコ by 神奈川新聞 8月23日(火)16時50分配信

 15年ぶりに再集結し、5月から全国ツアーを展開している4人組ロックバンド「ザ・イエロー・モンキー」が2日と3日、横浜アリーナ(横浜市港北区)で16年ぶりにライブを行った。彼らの“聖地”で、「YOKOHAMA SPECIAL」と題した公演は、ツアーと異なる特別なプログラム。2日間で3万人が集まり、「お帰り!」の声が4人を出迎えた。

 「帰って来たぜ、聖地・横浜!」。ボーカルの吉井和哉(49)は1万5千人でふくれあがった客席に、「オレたちが信じるロックンロールを最後までやらせてもらう」と宣言した。

 再会を祝う1曲目は、1997年にバンドが初めて行ったアリーナ公演の最初に披露した「RAINBOW MAN」。割れるような歓声が会場にこだました。

 89年にいまのメンバーとなり、92年にシングル「Romantist Taste」でデビュー。ロックに日本の歌謡曲を融合したサウンドが支持され、「JAM」(96年)、「楽園」(同)など多くのヒット曲を放った。CDの総売り上げは、1千万枚を突破している。

 アリーナは、98年4月から99年3月にかけ、113本のライブを行ったバンド史上最大のツアーの最終公演を開くなどした思い出深い場所。「一曲一曲が感慨深い」と振り返った吉井は、「新しいオレたちと君たちの絆の曲」と、再始動後に初めて書き下ろした「ALRIGHT」に込めた思いを告白。ファンは青く光るサイリウムを揺らし、復活を歓迎した。

 ライブハウスから、ホール、日本武道館と飛躍していく中で、メンバーの思いも変わっていった。バンドは2001年1月の東京ドームを最後に活動を休止し、04年7月7日に解散。ソロ活動を行っていた。

 再始動は、13年にローリング・ストーンズの結成50年公演のため渡英した吉井が、改めてバンドの素晴らしさに気付き、3人に「また一緒に、バンドをやってください」とメールで連絡したことがきっかけ。解散を決めた日と同じ七夕に届いた知らせに、機が熟したと感じたメンバーが快諾し、「さる年」のことし、閉じていた扉が開いた。

 平均年齢50・5歳のカリスマたちは、生み出した音でぶつかり合う。中毒性のある音は、インディーズ時代の曲を、ビンテージカーのように味わい深いものに変えた。いまの4人だから出すことができる、いぶし銀の輝き。ライブのメンバー紹介で吉井は、ドラムの菊地英二(49)を、「彼はこれからが黄金時代」と、ギターの菊地英昭(51)を、「オレのギターヒーロー」とたたえた。

 「運命のベーシスト」と声をかけた廣瀬洋一(53)に対しては、出会うまで自身がベースを務めていたことに触れ、「この人がいなければ、オレはシンガーになっていなかったかもしれません。命の恩人です」と感謝した。

 会場が桃色に染まった「LOVE LOVE SHOW」(97年)では、ステージから客席に下りて、通路で歌うなど、エンジンは全開。吉井は「また、ザ・イエロー・モンキーがある人生になりました」と会場を見つめ、「さらに熟練して、最高のロックンロールバンドになります。皆さんも、残りの人生つきあってください」と右手を大きく突き上げた。

 ツアーは9月11日の北海道まで全24公演で22万人を動員。11月12日の千葉からは、ホールツアー16本が決まっている。

 「SHOW MUST GO ON」。現在、復活劇の様子をまとめたドキュメント映画の制作が続けられており、来年公開される。

最終更新:8月23日(火)16時50分

カナロコ by 神奈川新聞