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【オーストラリア】【特別インタビュー】松本盛雄・パプアニューギニア大使インタビュー

NNA 8月24日(水)8時30分配信

 2014年7月に、安倍首相が日本の首相として29年ぶりに訪問したパプアニューギニア(パプア)は、隣国オーストラリアやニュージーランドだけでなく、日本と極めて深いつながりがある国である。その歴史的訪問の直後に赴任した、松本盛雄・日本国大使に、日本とパプア関係の重要性について話を聞いた。【NNA豪州編集部】
 ――赴任されて2年。パプアの印象はどうでしょうか
 日本のパプアに対する関心が高まった直後の赴任で、大事な時に来たなと思います。まず思ったのは、日本はこの国について何も知らないということでした。例えば戦争にしても、ガダルカナル(ソロモン諸島)とかラバウルという地名を聞いたことがある、という程度でしょう。
 私は中国に関わった時期が長いので、日本と戦争に関わった国は、当然中国人のような反日的反応を示すのかなという印象がありましたが、それは全く無く、パプアの人たちは日本人をとても好きなんです。むしろ尊敬しています。あの時日本が勝っていてくれればパプアはもっといい国になったのに、という人がとてもたくさんいます。
 
 ――戦争を知らずに親日的になっているわけではなく、戦争を知った上で親日的になっていると?
 そうです。あの時とても規律が正しくて現地人を大切にしていた、ああいう日本人だからいいんだと。それはとても衝撃でした。
 太平洋の島国14カ国を、日本人がどれほど知っているでしょうか。そういう親日的な人達がいることを知るのは外交的にも大事だと思いますね。
 太平洋諸島フォーラムの昨年から今年にかけての議長国はパプアで、事務局はフィジーがやっています。フィジーはオーストラリアなどと少しぎくしゃくした関係になっていますが、パプアはオーストラリアやニュージーランドと深い関係を持っています。しかし、今後は若干距離を置いていきたいとも思っています。だとすると、太平洋戦略という意味では日本にとって重要な国ではないかと思います。
 ひとつのエピソードとして、ソマレ前首相は東セピック州知事をやっていますが、彼はラバウル生まれなんです。ソマレ前首相が東セピックに移住し、9歳の頃に日本軍がやって来たのですが、その中に柴田中尉というとても良い人がいて地元に小学校を作り、そこで彼は勉強したそうです。このため少し日本語が話せるようです。そして彼は、「当時の日本の軍人たちは非常に規律正しかった」と言っています。
 ――ニューギニア航空が日本便を週2便に増加しましたが、日本人観光客が増える希望はありますか
 現在統計では毎年3千数百人の日本人が来ています。傾向を見ると、この約5年間で横ばいか減少しています。多くはここで乗り換えて他の島国に行ってしまうようです。遺族会のような方々は来られますが、観光客はあまり増えていません。ひとつは国内の物価が高く、格安航空で日本からケアンズに行ったほうがずっと安いということもあります。高い理由はニューギニア航空便が独占しているために競争がないこととも関連します。ただ何よりも、治安が悪いことは大きな課題です。
 ただし、観光資源から言えば、サンゴ礁に囲まれた島々はもとより、ハイランドと言われる標高の高い地域には4,000メートル級の山があり、普通の島国にはないとても住みやすい高原地域もあります。そういう地域には野生動植物など手つかずの自然があり、観光資源にはとても恵まれています。しかしそれを生かす手立てがないのが問題です。
 今は約800民族がいて、みな言語が違うと言われています。そういう人たちは山の方に多いのですが、それぞれのコミュニティが閉鎖的で、時として部族闘争などが起こることも問題です。
 ――遺骨収集活動はうまくいっていますか
 今後10年間でそれを加速しようという話になっています。約15万8,000人がパプアで戦没し、そのうち6万~7万人の遺骨が政府による遺骨帰還事業により回収されていますが、まだ半数以上の遺骨が残されています。
 オーストラリアも米国も遺骨収集作業はやっています。ポートモレスビーの北に、日本軍が侵攻してきたのを連合軍側が撃ち返して追い払ったココダトレイルがあるのですが、そこでは戦死者が多かったんですね。ココダトレイルはオーストラリアが国策として、ここを整備して今後のメモリアルにしようとしています。
 日本軍は、後方支援がない状態でココダトレイルからポートモレスビーに進攻しようとした時に退却命令が出たんです。あともう少しで相手陣地というところで泣く泣く帰ったところを追撃されたんです。ココダトレイルの山の向こうの入り口に小さな博物館があって、そこに写真があり、日本語と英語で説明がしてあるんですけれども、そこには日本軍が規律が正しくて強かったとオーストラリア人の証言で書いてあります。戦後こんなにたっても遺骨はとてもたくさん残っていますし、その作業を止めていいというわけにはいかないですね。ですので今後10年は相当力を入れて一生懸命やっていくことになると思います。
 ――最近の日本のパプア援助はどのくらいありますか
 2014年7月に安倍首相が来られた時に、向こう3年間で200億円の援助を発表しています。これまでにその目標は既に達成されています。これまでの実績は、無償も円借も有償も含めて大体累計で1,500億円くらいです。
 この他に大使館がやっている草の根無償資金協力というものがあって、これが累計で275件、18億円くらいあります。小学校の教室を作ったり、給水タンクを届けたり保健所を作ったりしています。大体毎月地元の新聞の記事になったりしています。
 調印式や着工式、完成式などで私が出て行って話をすると、マスコミもちゃんと取り上げてくれます。やりがいがありますよ。オーストラリア大使(高等弁務官)より、私の方が露出度は高いですね(笑)。
 パプアへの援助額ではオーストラリアが一番で、その次がニュージーランドか日本です。日本の援助は現地の人と一緒になってやるというところが好評です。オーストラリアの援助はお金を出すから勝手にやれという形です。中国の援助はお金を出す、人も連れてくる、物も持ってくる、そしてやり終わったら帰ってしまいます。品質もよくないです。日本は品質がいいしアフターケアもある。また現地の人を使うので技術移転も行えます。多分戦時中もみんな一緒になって畑を作ったりしていたのではないかと思います。
 ――パプア人のオーストラリアへの感情はどうですか
 やはり旧宗主国ですし少し上から目線なので反発している人が多いのではないかと思います。現実的にはオーストラリアに頼っていかざるを得ないのですが、多くの政治家はそれを心からは望んでいないでしょう。本当の意味の独立を考えているということですね。これまでは各省庁にアドバイザーのような形でオーストラリア人が入りこんでいました。去年オニール首相が、そういう人たちに国政を握られているのは良くないとして、本当に必要なら国で雇って、国家公務員として働いてもらおうという方向に変えつつあります。
 ところでオニール首相は、日本には計4回ほど行っており、その度に首脳会談をやっています。安倍総理との相性はとても良くて、私も一度同席しましたが、話がかみ合い、波長が合っているようです。島国のリーダーとして認められていくためには日本のような応援団が必要なのでしょう。
 ――そういう意味では、日本が太平洋島サミットを主催するのは外交的成果はあるのでしょうか
 もう7回、20年くらいやっていますが、大変効果的です。島国の人たちとオーストラリア、ニュージーランドの関係もよく見えます。卑近な例で言えば国連などの場での日本支持票になるということもあります。もう一つは、例えば南太平洋の問題あるいは南シナ海含めて問題が浮上した際に、日本の立場に賛同してもらえることがあります。この地域を友好的にしておくというのはバランスの面から見て非常に価値があります。そうした利益を考慮して、インドや中国なども独自にこうした島国フォーラムを始めたりしています。
 ――例えば日本企業にとって、液化天然ガス(LNG)資源以外にもパプアに経済的意義はありますか
 直接的にはマグロや資源の問題でしょうね。世界的に資源が減ってきている中でパプア周辺海域は世界有数のマグロ漁場として注目されています。このほか銅、ニッケル、金といった鉱物資源もあります。昔から南洋材といって木材の輸出もやっていました。今、住友林業が唯一大きな林業企業としてラバウルで植林をやっています。ほかには、豊田通商がトヨタ車や日野自動車、ヤマハのボートなどを販売するエラモーターを展開していますし、太平洋セメントが生産工場を操業しています。商社では、双日がペトロケミカルで国有企業と合弁事業を始めています。
 ――中国の影響は大きくなっていますか
 通信大手の華為(ファーウェイ)がこの国の通信インフラを握ろうとしています。このほか中国の国有企業が道路インフラ建設などに参入しています。しかし、世間で言われているほど中国人が大量に進出しているようには見えません。
 中国政府の支援は、意外と無償支援は少なく、むしろ輸出入銀行の融資でやっていて、オニール首相が最近中国に行って合意したいくつかのプロジェクトも輸銀融資が多いようです。現時点で中国の国策としてパプアを重視している、ということはないようです。これまで中国の最高指導者は来ていません。今年は中国とパプアの外交40周年なのですが、せいぜい全国人民代表大会副委員長クラスの来訪にとどまるだろうと言われています。
 ――最後に大使としての使命があるとすれば何でしょうか
 私は至る所で、文化と人の交流が大事だと言っています。現地の人たちの日本への関心を高めることを自分のひとつの大きな任務としてやっています。
 たとえば文化活動で、実はいろんな人を日本から呼びたいのですが、危ないからと言って実現できないでいます。仕方が無いので自分で琴を弾いたり、七夕祭りをしたり、ひな祭りをしたりしています。それでも、結構手ごたえがあります。折り紙をやりに行ったり、お祭りを大学の構内で開いたり。この日本大使は面白いことやっているというのを段々と浸透させていきたいです。
 このような取り組みはここでは非常にユニークで新聞にもよく取り上げられていますが、外交的には直接意味が無いとしてあまり評価されないようです。
 でも、そういう基礎があるからこそ、行った時に「お前が言うなら信頼しようか」ということになるのです。この国にそういう日本支援者を育てていくのが大使の役割かなと思っています。(聞き手・西原哲也)

最終更新:8月24日(水)8時30分

NNA

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。