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“手先が伸びて縮むだけ”のロボットが、バカ売れしている理由

ITmedia ビジネスオンライン 8月24日(水)6時26分配信

 「ロボット」と聞いて、どんなモノを想像するだろうか。AI(人工知能)が搭載されていたり、複雑な動きをしたり、人間ができないことをしたり――そんなことを思い浮かべる人が多いかもしれないが、“手先が伸びて縮むだけ”のロボットが、各方面から注目を浴びているのだ。

【従来の産業用ロボットで事故も!】

 そのロボット名は「CORO(コロ)」。2007年に創業したライフロボティクスというベンチャー企業が、今年1月に発売した。「コロ」の映像を見る限り、失礼ながら「地味」という表現がよく似合う。ベルトコンベアに運ばれてくる商品をつかんで、それをケースの中に入れるだけ。一連の動作からは、「革新」「先進」「未来」といった言葉が浮かんでこない。

 しかし、である。発売後、すぐに注文が殺到。トヨタ自動車、オムロン、吉野家、ロイヤルホストなど、誰もが一度は耳にしたことがある企業が「コロ」を導入しているのだ。地味な動作……失礼、シンプルな動作は海を越えても話題になっていて、海外企業からも「I need a CORO!」という声が届いている。想定以上の反響が続いていて、現在の在庫はゼロ(8月現在)。工場ではフル稼働で生産しているが、数カ月待ちの状況が続いている。

 繰り返し申し上げるが、「コロ」の特徴は手先が伸びて縮むだけである。複雑な動きはしないし、しゃべりもしないし、歩きもしない。いまさら感たっぷりの動きしかしないので、読者の中には「オレでもつくれるんじゃねえのか」と感じた人もいるだろう。そのように感じさせられるのに、なぜこれまでなかったのか。その理由について、ライフロボティクスの尹祐根(ゆん・うぐん)社長に聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●アームが伸縮して、肘がないだけ

土肥: 手元にコロのパンフレットがあるのですが、A3サイズの用紙1枚しかありません。そこには「コロはアコーディオンのような蛇腹(じゃばら)のアームが伸縮して、肘がない」といったことが書かれているだけ。

 ロボットの知識がない人からすれば、「えっ、たったそれだけ!?」と思うのではないでしょうか。ロボットというのは「最先端の技術が詰め込まれていて、ものすごく複雑なモノ」と思っている人が多いと思うのですが、コロは違う。実際に見せてもらいましたが、動きはものすごくシンプルで……。

尹: 「なにがスゴいの?」と思われたのではないでしょうか?

土肥: あ、いや、その……失礼ながらそう思いました。

尹: 産業用ロボットの現場で何が起きているのか。ほとんどのロボットが柵の中に設置されているんですよね。なぜか。以前は人の近くでロボットは動いていたのですが、ロボットの動きを把握できずに、ケガをしたり、死んだりする人が出てきたんですよね。不幸な出来事が何度も起きてしまったので「ロボットは危険だ」となって、柵の中に入れられるようになりました。ロボットの何が危ないかというと、「肘」なんですよね。

土肥: 肘? 

尹: ここ数年、人型ロボットがたくさん登場しているので、店頭などで一度は触れたことがある人も多いのではないでしょうか。しかし、そうしたロボットも「肘は危ない」ということで、人間と同じような動きはしていなんですよね。動いても人がケガしないスピードですし、できるのはちょっと手を動かすことくらい。「何も持てないようにしている=何もできない」設計になっているんですよね。

土肥: そー言われてみると、確かに。

尹: 肘にはいくつかの危険があるのですが、そのひとつが形。尖がっているので、危ない。先日、歩きながらスマートフォンで通話をしている人とぶつかったんですよね。その人の肘が私の胸に当たって「痛いなあ。まあ、でも時間が経てば治るだろう」と思っていました。しかし、1週間経っても痛い。「これはおかしいなあ」と思って、病院で診察してもらったところ、肋骨が折れていることが分かりました。それほど肘というのは危ないんですよ。

土肥: プロレスにも「エルボーほにゃらら」という名前の技がたくさんありますからね。

尹: あと、肘って狭いスペースに向いていないんですよね。例えば、満員電車の中でスマートフォンを使おうとすると、肘が他人に当たりますよね。つまり、人の腕って一定のスペースがなければいけないんです。

 ロボットの肘も先が尖っていて、狭いスペースでは使えない。それなのに人間の近くでびゅんびゅん動くので、本当に危険なんですよ。ライオンのように危険なモノなので、柵の中に入れられたんですよね。

●複雑にすることは簡単、シンプルにするほうが難しい

土肥: 「肘は危ないよね」「ロボットは予測できない動きをするよね」といった課題を解決するために、コロは肘をなくしたわけですか?

尹: はい。従来型ロボットの多くは、大規模な生産ラインに導入されていました。でも、肘をなくして、手先を伸び縮むさせることができることによって、人と人の間で作業ができるようになりました。いわば“同僚”のような感覚で一緒に働くことができるのではないでしょうか。

土肥: ふむ、それにしても地味な同僚。やっ、失礼……。

尹: ご指摘のとおり、初めて見ると「これって何がスゴいの?」と思われるかもしれません。しかし、肘をなくして、手先を伸ばしたり縮めたりすることができるロボットはこれまでなかったんですよね。従来のロボットのようにガチャガチャ動かくなくても同じことができるんです。

土肥: そこに疑問があるんですよ。コロってものすごくシンプルじゃないですか。伸びて、縮む――ただそれだけ。これまでのロボット開発の歴史の中で、なぜコロのような単純なロボットを誰も開発してこなかったのでしょうか? 失礼な話、「オレでもこれくらいのモノ、簡単にできるよ」といった声もあったのではないでしょうか?

尹: 複雑にするって簡単なんですよ。技術を足していけばいいだけなので。「じゃあ、このセンサーを足そうか」「次は、関節を足そうか」といった感じで、ガチャガチャした複雑なロボットができるわけです。

 逆に、複雑な動きをするロボットを簡単な動きにするのは難しいんですよね。これまで「より複雑に、より複雑に」つくってきたわけですから。

 「なぜコロのようなロボットを誰も開発してこなかったのか」というご質問ですが、「手先を伸ばして縮む」という発想を持っている人はたくさんいました。でも、どうやってそれを実現すればいいのかという問題があったんですよね。私たちは10年ほど前から開発に携わってきましたが、開発時も「どうやったら伸び縮みさせることができるのか」といった点について悩みました。開発メンバーの中からは「消防署のはしご車のようなモノはどうか」といった案もありました。はしごがどんどん伸びるといった発想ですね。

●ロボットを開発するきっかけ

土肥: それ、いいじゃないですか。釣り竿のような感じですよね。必要なときにどんどん伸ばして、必要のないときには縮める。

尹: それではダメなんですよ。釣り竿でいえば、どうしても手元の部分が残りますよね。そうすると、その部分が邪魔になる。図体の大きなロボットだけれども、使える範囲は狭いという話になりますから。

土肥: なるほど。

尹: 家電のように誰でも簡単に使えるロボットをつくりたいなあと思っていました。というのも従来のロボットは現場に導入されても、素人は使うことができませんでした。構造が複雑ですし、動かすのは難しいですし。というわけで、どのように使ったらいいのかを教えてくれる人がいます。しかし、コロは家電のようなロボットを目指してつくったわけですので、そのような人を配置する必要がありません。

土肥: それでも動かすのは難しいのでは?

尹: UFOキャッチャーができる人であれば、問題ありません。電源もコンセントに差し込むだけでOK。

土肥: そもそも、なぜロボットを開発しようと思ったのでしょうか?

尹: 日本って人口が減少していますよね。将来、労働力が不足するのは間違いない。「人口を増やしたら?」「移民を受け入れたらいいのでは?」といった声もありますが、いずれも実現することは難しい。ということであれば、「不足分をロボットに任せてみてはどうか」と考えました。でも、現場で動いているロボットをみると、柵の中に入れられている。人と一緒に働いている状況とは言えませんでした。

 肘をなくして、手足が伸び縮むことができるロボットをつくれば、労働力不足を解消できるのではないか――という想いから開発がスタートしました。しかし、2008年にリーマンショックが起きたとき、どんなことを言われたと思いますか? こちらが「人手不足を解消するために、ロボットを開発している」と言ってもなかなか受け入れられなかったんですよ。なぜなら、景気が悪かったから。失業者がどんどん増えていたのに、「人手不足を解消する」といった話をしていたので、多くの人から「労働者を減らしてどうするんだ! ますます景気が悪化するじゃないか!」といった感じで非難されました。

●開発中一番辛かったこと

土肥: よく「AIが発達すれば、自分の仕事がなくなるかもしれない」「ロボットに自分の仕事が奪われるかもしれない」という人がいますが。

尹: 人って単純作業が嫌いですよね。同じことを繰り返す作業って、できればやりたくない。人間は目もあるし、鼻もあるし、口もあるし、手もあるし、腕もある。ロボットに比べてものすごく器用なので、人間は付加価値の高い仕事に就いたほうがいいのではないでしょうか。繰り返しになりますが、日本の将来は人口減少によって人手不足は避けられません。貴重な人材は難しい仕事に就いたほうがいい、と僕は思っているんですよね。ロボットはあくまで道具なので、みんながそれを使いこなせばいいんですよ。

土肥: なるほど。開発している中で、一番つらかったことは何でしょうか?

尹: 誰も実現したことがない技術なので、ほとんどの人が理解してくれませんでした。「その技術って、世の中に必要なの?」「お前のやっていることって、正しいことなの?」「従来のロボットでいいじゃないか」といった感じのことを何度も言われました。

土肥: 私もそのころに、尹さんとお会いしていたらこのようなことを言っていたかもしれません。「日本って『ロボット大国』ですよね。そんな国で、誰でもつくれそうなモノをつくってどうするんですか! 手足を自由に動かせて、ペラペラしゃべることができるモノを開発してくださいよ」と。

尹: ははは。

土肥: コロを設計する際って、何か動物を参考にされたのでしょうか? 例えば、新幹線500系の先頭形状は、「カワセミのクチバシを参考にした」といった話を聞いたことがあります。

尹: 手足が伸びて縮む動物って、この世にはいません。というわけで、参考にした動物や昆虫はないですね。

土肥: では、どういったときに「肘はないほうがいいなあ」「手先は伸び縮んだほうがいいなあ」と思われたのでしょうか?

●「人手不足」という言葉をなくしたい

尹: これまで20年ほど、肘のあるロボットを研究してきました。人工衛星に装着しているロボットでモノを組み立てたり、原発をメンテナンスしたりしてきましたが、肘には本当に苦労させられたんですよね。

 また工場の現場で働いている人からも「ロボットの肘がなければ……」という声をたくさん聞いていたので、なんとか肘をなくすことはできないかとずっと考えてきました。

土肥: 人工衛星って宇宙で作業をするんですよね。広いスペースでの作業になるので、肘があっても問題にならないのでは?

尹: いえ、狭いんですよ。人工衛星にはさまざまなモノが搭載されているので、できるだけ狭いスペースで作業をしなければいけません。例えば、アンテナが付いている。ロボットを動かして作業をしたいのですが、肘がアンテナに当たってうまく作業ができない……というケースが多々あるんですよね。

土肥: 将来的に、どこかの企業と一緒にやっていく考えはありますか?

尹: あります。繰り返しになりますが、コロを開発したきっかけは、人口減少していく中で人手不足をなんとかしたいと思ったから。よく「そんなの無理でしょ」と指摘されますが、僕は「日本から『人手不足』という言葉をなくしたい」と真剣に思っているんですよね。

 人手不足という大きな問題を解決するためには、どうすればいいのか。私たちのような小さな会社だけで解決できる問題ではありません。今後は、大企業と組んでいきたいですし、ベンチャー企業とも組んでいきたい。人口減少はどんどん加速しているので、残された時間は少ない。だから、できるだけ早くどこかの企業と一緒に、この問題に取り組んでいきたいですね。

 もちろん「人手不足」という言葉がなくなるのは、難しいでしょう。ただ、10年後に一定の成果がでたら、20年後に中国で、30年後にインドでも人手不足の問題が起きるはず。そうすると、日本での成功事例を海外でも生かせるのではないでしょうか。

●圧倒的な技術力で差をつける

土肥: 日本が成長していく方法として、成功事例を海外に輸出する方法があります。ただ、「コロのようなロボットにニーズがある」ということが分かると、同じようなロボットが登場するのではないでしょうか。そうなると、厳しい状況になるのでは? 家電メーカーのテレビのように。

尹: コロを開発するにあたって、さまざまな特許を取得しましたが、それでもコピー商品は出てくるでしょう。でも、こちらも目をつぶって寝ているわけではありません。他社よりももっと優れた技術を開発して、この分野でどんどん先行していくつもりです。

土肥: ふむ。これまでのロボットにコロの技術がくっつく……という可能性もあるわけですね。本日はありがとうございました。

(終わり)

最終更新:8月24日(水)6時26分

ITmedia ビジネスオンライン

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