ここから本文です

<現地報告・バングラテロ事件>凶行に走った若者たちの素顔を追う(5・最終回) 両親が語る実行犯カイルルとは 宮崎紀秀

アジアプレス・ネットワーク 8月24日(水)11時48分配信

日本人7人を含め20人が殺害された7月のダッカテロ事件。異教徒と外国人に対する敵意はなぜ芽生えたのか? 実行犯の一人・カイルルの実家で会った農民の両親が語ったのは…。国際ジャーナリスト、宮崎紀秀の現地報告の最終回。

【関連写真を見る】 バングラテロ事件 唯一貧農出身の実行犯カイルルの実家を訪ねる

◆何も知らなかった父親
隣接して長屋のように組んだ隣の部屋で横になっていた実行犯カイルルの父親アブル(48歳)は、ゆっくりとした動作で起き上がった。日焼けした褐色の顔にくぼんでギョロリとした目、蓄えた長い口髭はほとんどが銀色だった。

汚れたTシャツから伸びた腕は血管が浮き出て黒光りしており、生活費を稼ぐために強いられる厳しい肉体労働を容易に想像させた。収穫期の農作業や建設作業を日雇いで手伝う労働者である。かつては息子も共に働いた。アブルは、息子が誰かにそそのかされたのだと訴える。

「息子のために一生懸命働いた。教育に十分な金を与えてやれなかったので、息子は、彼らのために働いた」

父にも息子が日本人や外国人について特に話をしたという記憶はなかった。

---息子が他の日本人が巻きこまれた事件(星邦夫さん殺害事件)に関わっていたが。

「今、(質問されて)初めて知りました」

---息子がそのような事件に関わったことについてどう思う。

「わかりません」

父親の部屋はカイルルの寝室でもあった。小さな棚にはカイルルが使っていた「バングラデシュの文学」「イスラムの歴史」という教科書やノートが横積みのまま残されていた。ノートを開いてみると、作文の学習だったのだろうか半ページ分くらいの手書きの文章があり、その中に「将来は警察官になりたい」という一文があった。

ノートにはいくつかの異なる筆跡が残されていたので、それがカイルル自身の文章だったかどうかは分からない。文字の読めない両親にそれが息子の文字かどうかの判断はできなかった。

◆動揺する母「私の息子は愚かです」

他にも息子のものが何か残っていないか尋ねると、母ピアラはカイルルが使っていたベッドに敷いてあった布団をはがして見せてくれた。そしてピンクの蔦のような模様の布を縫い合わせたその薄い布団を胸の前で広げたまま「私が作ってあげました」と言って照れとも悲しみともつかない微笑みを浮かべた。貧しいなりにも愛を注いで育てた息子に何が起きたのか、全く分からず気が動転しているというのが正直なところなのだろう。

実行犯の家族からは、コーランを唱えられない代償を命で払わせるほど息子が異教徒や外国人を激しく敵視するようになった形跡は見られなかった。無辜の人を平気で殺めた彼らの歪んだ思考がどこから生まれたのかは家族にさえ理解できない。

実行犯カイルルの母はインタビューの途中、話しながら痩せた両手を合わせ祈るような仕草をした。後でベンガル語の通訳に尋ねたところ、彼女は方言を交えてこう言っていたそうだ。

「私は決して幸せではありません。息子を失い、他の人たちも息子を失いました。私の息子は愚かです」(終わり)

最終更新:8月25日(木)19時17分

アジアプレス・ネットワーク