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水道管267mを自設も 住民の手作りで生まれた鶴見の矢向・江ヶ崎歴史資料室

THE PAGE 8月25日(木)8時0分配信

 6月26日に横浜市鶴見区の新鶴見操車場跡地にオープンした矢向・江ヶ崎歴史資料室及び交流室「史季の郷」。矢向・江ヶ崎地区の歴史を学ぶことで、古くから住む住民と新たに移り住んできた住民の交流を図ろうと建てられた同施設は、のべ60人の地元住民が自ら手を動かして完成させた多世代の交流拠点だ。

 代表の鴨志田潔さんは、昭和20年の終戦直後に江ヶ崎に生まれた。家は第2次世界大戦の大空襲で焼け落ち、農機具を含めすべてを失ってしまったが、親族の家にあった農機具を借り、稲作などの農業を行っていた。しかし、なんとか建て直した自宅も新鶴見操車場の計画地に含まれてしまったため、取り壊して移転せざるを得なくなってしまった。その後、鶴見は操車場と汽車の吐き出す煙をシンボルに近代化を遂げていった。

 やがて時代とともに物流事情が変化し、鉄道中心からトラック輸送に切り替わっていく。新鶴見操車場が廃止されると聞いた住民は、跡地に学校と公園の建設をするよう横浜市に要望。「立ち退いたときには従ったのだから、使わなくなったのなら国から土地を買って整備してくれなければ許さない」と、土地への強い思いがあった。後に横浜市はこの地に新鶴見小学校および新鶴見公園を建設した。

 その後、地域住民は、かつてこの地にレンガ工場が存在したことを小学生に知ってもらおうと、「レンガの道」を作った。また、新鶴見小学校の生徒が農業に触れる機会を増やすため、体験学習園をボランティアで運営している。鴨志田さん自身も、自宅の納屋に農機具や昔の生活用具を展示して、新鶴見小学校の3年生向けに歴史の講義をしてきたが、増える歴史資料の保管と、展示のための都度の準備が課題だった。

 常設展示ができる資料館の建設が計画され、2014年度には市民主体の整備提案を助成する横浜市の「ヨコハマ市民まち普請事業」で助成金500万円を獲得。559人の地域住民から550万円の寄付も集めたが、それだけでは不十分だった。特に水道管を敷設するのにお金がかかるため、業者の指導のもと、自分たちの手で施工することにした。操車場跡地という立地のために砂利が多く、人の手だけでは施工できないことが分かり、1週間前に急きょ鴨志田さんがユンボの免許を取りにいったという。慣れない重機の操作に苦労しながらも、4日間で矢向小学校と新鶴見小学校の生徒、PTA会員である父親たちを中心とした「おやじの会」を含めたのべ60人の手を借りて、計267メートルもの上水道を通すことに成功した。

 できあがった建物は、総面積35・89平方メートルの平屋建て。1階と2階に展示スペースがあり、江戸時代からほとんど変わらない形だという約30点の実際に使われていた農機具や、昭和初期の暮らしを思い出させる家具や雑誌、黒電話などの生活用品が展示されている。今後も地域の歴史を知ることができる写真や農機具をさらに充実させ、季節ごとに展示を変えていく予定だ。

 「これがなければ生活できなかった」というかつてのつらい時代をともに歩んできた農機具をしっかり後世に残したいという鴨志田さんの思い。そして多くの住民が町のことを自分のこととして捉えていた歴史があることが、一大プロジェクトを実現させた。

 「史季の郷」は、JR南武線「尻手」駅から徒歩12分または、川崎駅から川崎鶴見臨港バス54系統元住吉または谷戸行きでバス停「江ヶ崎八幡」下車徒歩2分。開館時間は火曜・木曜の10時~12時、土曜・日曜の10時~16時。入館料は無料。問い合わせは矢向・江ヶ崎歴史資料室及び交流室運営委員会(代表・鴨志田さん、TEL 045-581-4591)まで。

(平川凌兵)

最終更新:8月25日(木)8時0分

THE PAGE