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選挙を不正操作しようとする、ハッカー集団の正体

ITmedia ビジネスオンライン 8月25日(木)7時1分配信

 最近、サイバー攻撃がらみの大きなニュースが続いている。

 8月半ばには、米サイバー作戦の一翼を担う米NSA(国家安全保障局)がハッキングされた可能性があるとして欧米で大きな話題になっている。どういうことなのか簡単に説明すると、「シャドー・ブローカーズ」という謎の集団が、NSAの「サイバー兵器(ツール)」を、NSAと関連があるとされる組織から盗むことに成功し、それらをオークションに出すと発表した。

【トランプ候補はプーチンに対して好意的】

 サイバー兵器といってもピンとこないかもしれないが、米NSAなど外国の機関は、他国に対してハッキングや妨害・破壊行為などサイバー攻撃を仕掛けるためのテクノロジーを開発している。それがサイバー空間の「兵器」となっているのである。

 元CIA職員でNSAの内部書類を暴露したエドワード・スノーデンは、シャドー・ブローカーズが公表したツールのサンプルを見て、サイバー兵器は本物のようで、おそらく犯人はロシアだろうと主張している。このサイバー攻撃は、米国による国家や民間企業へのサイバー攻撃技術を暴露するかもしれないため、世界のサイバーセキュリティ業界が注視している。

 この件以外でも、米国ではさらに大きなサイバー攻撃の事件が起きている。米大統領選をめぐるハッキング攻撃である。米民主党は7月26日の党全国大会で、11月に行われる米大統領選に向けた公認の指名候補として、ヒラリー・クリントン前国務長官を選出したが、その民主党がハッキングの被害に遭い、幹部らのやり取りを含む内部の電子メールが盗まれた。そしてその内容が暴露されて大騒動になった。

 最近こうしたサイバー攻撃の脅威に改めてスポットライトが当てられている。特に今回の民主党に対するハッキングでは、サイバー攻撃で他国の選挙結果に大きな影響を与えることが可能であると明らかになった。今サイバー攻撃は、他国の国政を操作しかねない次元に来ていると懸念されているのである。

●サイバー攻撃の犯人

 米民主党のケースでは、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)などロシアの2つの情報機関にからむ組織が、2015年から民主党全国委員会のコンピュータに侵入していたことが判明した。犯行グループは1年にわたって民主党のサーバに潜伏しており、2万通の電子メールなどを盗み出している。そして民主党全国大会の前日(7月22日)に、内部告発サイト「ウィキリークス」でそれらのメールが公表されるに至った。

 暴露されたメールは、物議を呼ぶような内容だった。民主党全国委員会の幹部たちが、民主党内の指名候補争いでクリントンに肩入れしていたことが明らかになったのである。公平であるべき党幹部らが、クリントンの対抗馬だったバーニー・サンダース上院議員を貶(おとし)めるアイデアを相談していたのだ。結局、このリークにより、全国委員長が辞職する事態になり、民主党の信用が傷つけられ、イメージが悪化したことは言うまでもない。

 このサイバー攻撃の犯人は、2015年にホワイトハウスや米国務省、米統合参謀本部に対して行われた大規模サイバー作戦の背後にいたのと同じ組織だと見られている。サイバー専門家らによれば、今回暴露された電子メールのメタデータ(ファイルの基本データ)を見ると、ロシアのコンピュータが使われた形跡がある。もちろん、ロシア政府は関与を否定しているが、例えば米ニューヨークタイムズ紙は犯人について「ウラジミール・プーチン大統領自身が命じたか、プーチンを喜ばせようと考えた彼の取り巻きが命じたのか」と指摘している。 

 なぜプーチンが出てくるのか。プーチンは、民主党と戦う共和党の指名候補となった不動産王のドナルド・トランプが勝利すれば、国益につながると考えており、「トランプ大統領」の誕生を望んでいると言われているからだ。

 トランプはこれまで、プーチンのロシアに対して好意的な発言をしている。最も分かりやすいのが、米国も加盟してロシアに対抗するNATO(北大西洋条約機構)の扱いについてだ。トランプは、NATOの同盟国がロシアから攻撃を受けても、無条件で助けに行くことはないと示唆している。まずその国が同盟関係にどんな貢献をしているのか見極めてから助けるかどうかを決めるというのである。NATOにとっては危険なコメントだが、ロシアにとっては、ライバル集団の内輪揉めは歓迎すべき話だ。「クリントン大統領」より「トランプ大統領」のほうがロシアには与(くみ)しやすい。

●プーチンとトランプは相思相愛

 それだけではない。トランプは2007年、プーチンが「ロシアを再構築している」と絶賛し、その翌年には「プーチンはジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)よりもやり手だ」と述べている。またプーチンが米国だけ特別だという「例外論」を糾弾したときも、トランプはその記事を「傑作」だとして評価した。それを知ってか、プーチンも「トランプは優秀で才能に溢れている」とコメントしている。まさに相思相愛といったところだ。

 また、トランプの側近にはロシアに近い人たちがいると報じられている。そして実際に、今回のハッキング問題もからんで、8月19日にはトランプ陣営の幹部が辞任した。特にこの人物は以前よりロシアと関係が深いことが指摘されており、米メディアはこの幹部について、「ジェームス・ボンドの映画に出てくる悪役よりも、ロシアと怪しい関係にある」と皮肉っていたほどだ。

 自国の有利になるように、サイバー攻撃で他国の大統領選の行方を「操作」する――。民主党へのハッキングにはそんな裏があるというのである。ちなみに民主党の対トランプ戦略の文書なども盗まれているという。こうした動きを受け、プーチンを毛嫌いしていることで有名なマデレーン・オルブライト元米国務長官は、「ドナルド・トランプの勝利は、プーチンへの贈り物になる」と指摘してる。

 プーチンがサイバー攻撃で密かにトランプに援護射撃を出している、なんていうとおかしな陰謀論のようにも聞こえるが、サイバーセキュリティ企業や大手メディアなどの分析などを読むと、決して陰謀論ではないと言ってよさそうだ。ただ、いずれにしても大事なのは、今サイバー空間ではこうした「操作」が実施可能であるという事実だろう。

 そしてこうした攻撃は、日本にとっても他人事では済まない。

 こんなシナリオも考えられる。日本の自民党のネットワークまたは幹部などが使うPCがハッキングされ、内部の情報が流出する。そんな情報の中に、この先閣僚候補になるような議員の身辺調査の結果が含まれていればどうなるのか。そこに異性がからむスキャンダルの詳細が記されていれば? そうした情報がマスコミに流されたら大騒動になることは間違いない。

 また政権幹部の芳しくない健康状態の情報が盗まれたら、どうなるか。政権幹部のオフレコ会見の内容が、参加した番記者のPCから盗まれ、非常識で不適切な発言が流出したらどうか。政党のスキャンダルが選挙前に続出すれば、間違いなく選挙結果を左右するし、国会の勢力図が変われば国の方針は変わる。そうした情報を日本とライバル関係にある中国や北朝鮮、韓国などがサイバー攻撃で盗んだとしたら、こうした国々が日本政治に多大なる影響を与えることになるのである。

●サイバー攻撃のリスク

 将来的には、選挙結果そのものを操作しようとするサイバー攻撃も考えられなくはない。米大統領戦でも、現在のところ米政府はデジタル投票システムで大規模なハッキングが起きるとは考えていないと主張しているが、2016年の大統領選では有権者10人のうち4人ほどは導入が進む電子投票機を使って投票することになるため、サイバー攻撃のリスクはあるとの指摘もある。

 冒頭のNSAに対するハッキングでも指摘した通り、世界的にはハッキングなどサイバー攻撃を行うために国家的にサイバー兵器が開発されている。冒頭の「シャドー・ブローカーズ」にハッキングされたNSA関連とされる組織は、現在分かっているだけで、世界42カ国のさまざまな業界に、監視などのためにハッキングなどで潜入している(この42カ国に日本は含まれないが、日本の場合は侵入しなくとも情報を取れる状況にある、との指摘もある)。こうした「兵器」があれば、コンピュータが使われている場所であれば、サイバー攻撃を行うのは可能である。それがネットワークにつながっていようがいまいが関係ない。

 そんな現実を前に、日本も、米民主党に起きていることを対岸の火事とせず、少なくとも自分たちも同じ脅威に直面していることを自覚しておいたほうがよさそうだ。

(山田敏弘)

最終更新:8月25日(木)7時1分

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