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デジタルによる「対話」の革新

ITmedia ビジネスオンライン 8月25日(木)10時35分配信

 デジタルの進化は人間のコミュニケーションのあり方を変えた。

 その進化した対話により、これまでの購買情報を基盤としたユーザー接点は飛躍的に拡大。IoT等により、常にユーザーに寄り添う企業の存在を可能にした。

 そして、旧態然としたロイヤルカスタマーという概念は崩れ去り、新しい関係性が生み出される。その関係性においては「付加価値を提供してくれる」という信頼感が礎となり、ユーザーからの能動的な企業への情報提供が行われる。

 また、企業という器はユーザーから見透かされ、構成員たる従業員の姿が垣間見えるようになり、個々の従業員の姿がその関係性を形作る。そのような中で対ユーザーだけではなく、従業員とは会社にとってどのような存在なのかという問いに答えることなくして、従業員という「人」の最大活用、それに伴うユーザーとの関係性構築、ひいては圧倒的な競争力の獲得は困難になってくる。

 特にB2C領域において、ロイヤルカスタマーという資産はブランド価値の基盤として最重要と見なされてきた。しかしこのロイヤルカスタマーが本当の意味で当該企業と「同じ船」に乗っていることは思いのほか少ない。

 そもそもloyaltyの語源は何か。それは君主と家臣の関係に近い。意味する所は要するに忠誠心だ。ただ、多くの消費者の購買は分かる範囲での手に入る空間的・時間的制約のもとに下された判断であり、近くにあったからという間に合わせの選択だ。それはloyaltyに見えたかもしれないが、選ぶ手間・手に入る手間が面倒なために妥協していつもと同じものを手に入れていただけに過ぎない。

 しかし今や、莫大な情報の中から、一瞬でベストな商品を最安値で見つけることができ、身近にないものもクリック一つで購入することができる。こうしてかつて「ロイヤルカスタマー」と思っていた人々があっという間に、当事者の自覚が無いままに(なぜなら元々、当人は当該製品への忠誠心など意識したことはなく、ただただ近くにあったので買い続けていただけだったから) 別の所へ行ってしまう。彼らは自由な「賢い消費者」であって、忠誠心を第一義に考える“ロイヤル” なカスタマーでは当然無い。

 もちろん元来の意味は違う。しかし実際の運用上、企業側のロイヤルカスタマー戦略は不十分な情報しか手に入らず、購買単価と回数を代替指標として捉えている。そのため、結果的には上記で捉えている姿とイコールになってしまう。

 ではこれまでと同じように打つ手は無いのか?

 デジタルの進化がそこに新たな機会を提供し出した。このことに欧米系のグローバルトッププレイヤーは気づき、日本企業は総じて遅れを取っている。具体的に可能になったことは二つ存在する。一つは「製品」や「店舗」といった限定されたコンタクトポイントから、無限に存在する全ての時間が(スマートフォンやIoTの進化などにより) コンタクトポイントとして成立するようになったということ。点から面への移行。

 二つ目は相手が求める有益な情報を識別して提供するOne to One Marketingが進化し、受益者が能動的・意図的かつダイレクトに(有益であるならば)情報を受け取りたいと考えるようになったということ。 

 それらにより受益者側との「対話」そのものが価値となり、「製品」や「店舗」はその対話の道具となる。

 価値提供のあり方をどこまで新しい視点へダイナミックに移行できるか、それ次第でかつて想像だにしなかったレベルでステークホルダーとの「対話」が可能になってきている。

 例えばAmazonは2014年に米国でAmazon EchoというAI搭載型スピーカーを発売し大ヒットしている。ユーザーは家に小さな筒状のEchoを置いておき、内蔵AIが応答、かなり曖昧な指示も口頭で実行してくれる(家電製品のコントロールからタクシー配車、銀行残高確認など)。

 この商品が市場に出てきたことの意味は何か?この延長線上には家の中という企業からは完全にブラックボックスとなってきたユーザーシーンの情報が蓄積されていく世界があるかもしれない。ユーザーが最適なレコメンデーションや行動予測(先読み)を実現してもらうために能動的に情報を提供し、解析を依頼。そのインサイトはマクロデータとして企業の中核資産となりあらゆる製品開発・サービス開発に適応されていく。

 では具体的にはどのような対応が企業に求められているのか。

●1、「企業人間性」という前提の確立

 この「対話」によるコミュニケーション密度は、当初我々が想像していたよりも遥かに豊かな情報を内包しており、受け取り側には企業の真の姿が垣間見える。「どのように提供するか」や「何を提供するか」以上に「どのような「人」が提供しているのか」が重要になってくる。

 「対話を拒む相手」、「対話するが腹の底で何を考えているか分からない相手」、「真に信頼できる相手」。その差は大きい。

 企業が口当たりの良い表現を遍く使うということも当然認識しているし、その言葉が単なる表面上の言葉でしかないということも認識している。人々はあらゆるコンタクトポイントからの情報を収集(もしくは情報収集の窓口が閉ざされているということを認識)、それを基に個人的見解を作り出す。

 そしてその結果として評価されるのは「付き合う相手として本当に最良の相手なのか」という非常にシリアスなものだ。それは信頼感という関係性に行きつく。人と人との関係性でも一時的な激しい感情から、徐々により本質的に深化し、安定した信頼性という感情へ移行していく。ずっと連れ添い対話を重ねることでそれは訪れる。対話の回数こそがものを言う。同じことが企業と人にも言える。それだけの質のコミュニケーションが企業からも可能になり、かつての企業と個人を超えた関係性が育まれ出してきたということだ。

 その時、最も回避しなければならないことは信頼性を損なう行為だ。「ごまかし・隠蔽」、「ひっかけ」などは徹底的に排除しなくてはならない。しかし旧態然としたシステムで強さを誇った企業ほど、これらを気づかないうちに企業へ内包してしまっている。

 ベースとしての誠意・誠実さを持ちつつ、それをうまく伝える方法を培う。かつての表面的表層的な付き合いではない。人と人との関係性に近い。

 企業がどのような人間性(=企業人間性)を持つか。そこへの明確な解とそれをシンプルに伝える術を持つことが早急に求められている。

 人に置き換えたときにどのような性格でありたいか。表面的なお客様志向や社会的責任等ではない、一個人としての会社の人格。それは株主やユーザー、従業員等いずれのステークホルダーからも本質的根っこが同じにならなくてはいけない。そしてコーポレートブランディング戦略の在り方や顧客戦略、事業ポートフォリオをそれに合わせて抜本的に改革する必要がある。

●2、新たな「対話」モデルに向けた視点追加

 そして伝える自分に自信が付いたらユーザーとの対話の場を構築する。(図A参照)そのデザインには3 つのステップを踏まえる必要がある。

Step1 : 時間軸でユーザーとの繋がりを捉え直す

 ……これまでのデモグラフィカル属性やサイコグラフィカル属性とは異なるアプローチを取る。まず、同じユーザーを時間軸で見てみる。ユーザーの気持ちやニーズはタイミングによっても変わる。その変化に寄り添いながらユーザーを追えば、提供できていない穴が無数に見えてくる。そしてその穴をどのような価値で埋めるかを検討する。

 この時、その価値を複雑で情緒的な言葉へ置き換えず、より根源的な「WANTS (=根源的欲求)」で考える。根源的欲求は生き物である限りそれほど多くのタイプは存在しない。(図B参照)

 この基盤価値、本質価値、付随価値のいずれが市場としてコアとなるステージにあるかを見定め不足を見極める。

 不足は主に3 つの視点から探る。

 1つ目が既存の価値をより専用品として細分化する方向。「朝専用コーヒー」や「布団専用掃除機」がこれにあたる。

 2つ目が二律背反であると思われていた価値を両立させる。「ビールにおけるコクとキレの両立」や「おいしさが基本の飲料での高揚感の提供」などだ。

 3つ目が、2つ目の両立価値が時代とずれてきた時に逆に切り離すという方向。「楽しむ」価値の三構成要素(おいしさ、リラックス、高揚感) の全てを両立させるビールという飲料が逆にキリンフリーで高揚感を切り離したことも、時代の要請を捉えてのことだ。

Step2 : 価値提供の抽斗をモノからコトへ広げる

 次にその提供価値をどのように提供するかを案出しする。例えばメーカーの製造段階でもユーザーに対する価値提供は始まっている。温度管理が「おいしさ」に重要な商材であればIoTの活用で製品の温度変化を工場出荷から時系列でユーザーが確認する仕組みを提供することもできる。「安心」価値が重要であれば、製造段階での当該ラインの様子をユーザーがチェックする仕組みが可能かもしれない。

Step3 : 中長期「全社」価値提供ロードマップへ纏め上げる

 提供価値の穴を識別したらきっとそれは無数に存在する。それを既存製品と役割分担、最終的に中長期的な全社の提供価値のロードマップとして一枚の絵・道程に作り上げる。

 これらの流れに則りまずは視点を変える。そうすると、これまでやってきた領域はもはや点にしか見えなくなり、ユーザーに価値提供が不足している穴が無数に見つかる。そしてその穴をユーザーとの「対話」により解決していくそのためのプラットフォームを構築する。そのプラットフォームが現在構築しているオウンドメディア等を内包し全体戦略へと昇華していくことになるだろう。

 これらによりユーザーにとって「必要なとき以外、側にいないで欲しい相手」から「いてもかまわない相手」、更には「側にいつも寄り添っていて欲しい相手」へと進化する。相互の信頼感を前提とした日常生活における欠かせないパートナーとしての位置づけを確立するようになる。

●3、「経営システム」から「人」への重心移動

 現代での勝者は、一つの勝利に甘んじず常にビジネスモデルを進化し続けスピード感が求められる。その実現には3つの要件が必要になる。

・変化への対応スピードを落とさない経営
・対応するための人的エネルギーの捻出
・グローバルに通じるユニークネスへのこだわり

 この3つを実現することは一つの方向性に収斂される。「人」だ。

 通常、会社を構成する業務は明確に分解されており、個々人にそれぞれの役割が割り振られる。日本ではこうした役割分担の中でその遂行をもって評価するプロセス評価型の仕組みが形成されてきた。各々の業務を突き詰めることで新たな地平を見出し、個々のスキルは非常に高いレベルへと熟練していく。

 結果、会社全体が一つの精緻な「機械」となりアウトプットを効率的に生み出していく。このシステムは環境変化の少ない状況下ではすり合わせが迅速に進み最高のパフォーマンスを創出してきた。

 対して、転職が当たり前になっている欧米では労働環境の良さが優秀な人材を確保する上で必須条件だった。ここで言う労働環境の良さとは決してワークライフバランスのような概念のことだけではない。仕事そのもののやりがいや報酬の高さなども含めてのことだ。そこで一部のハイパフォーマーに対しては手取り足取りの業務分担はなされず、自由度の高いミッションでの割振りがなされ、厳格なミッション達成度に基づく成果評価が行われる。ハイパフォーマーによるトップダウン型マネジメントだ。

 ただでさえ、変化への絶え間ない対応を必要とする現在の環境下では、日本の経営システムは精緻であるが故に対応スピード・処理スピードで遅れを取ってしまう。変化が現場の個々人に充分共有されることがないまますり合わせをすすめざるえないからだ。

 もちろん「巨大な一つの機械」が全速で走り、変化していくためには、従業員の高い負荷が発生する。検討中に競合が打ち手を打ち、環境も変わる。対応するため全体の方向性を変えるなら、多大なプロセスを踏まえることが求められる。しかもその転換を終えた頃にはまた環境は変わり、再度の変更をしなくてはならない。それが延々と続く。従業員が発揮できるエネルギーにも限界がある。事業全体が見えない中で、個々人が現場ですり合わせを続けるのは極めて困難だ。

 欧米では特に事業全体への俯瞰力があり、事業全体を構想する一部の優秀な人材が会社を率いる。グローバルでの競争優位のステージは、最良マーケッターのデジタル技術者やカリスマ経営者といった「人」レベルに帰結をしている。

 日本もこのやり方が正しいのだろうか。日本にはスキルレベルの高い現場がある。ボトムアップで有機的に新しい価値を生み出すすり合わせの能力もある。現場の個々人が事業の俯瞰力を持つことさえできればユーザーの価値にベクトルをあわせた事業活動を効率的に無駄なく進められる。デジタルを活用した異次元の見える化が実現されれば、現場総部員のイノベーションが生み出せる

はずだ。密に従業員との対話の場を作る。事業環境や経営情報を週次で全社員で共有しても良い、定期的に従業員の考えるありたい姿を吸い上げても良い。但し、いずれにせよ一方的な共有で終わりにしてはいけない。

 競争力のある企業の根源的な価値は、これら従業員やユーザーとの「対話」とそこから生み出される「コト」へと移行しつつある。そしてその蓄積が真のロイヤルカスタマーを創出する。従業員満足度の高さは消費者満足度の高さと強い相関が見られる。それは所謂、主体者の移行だ。

 これまでは「企業」が主語(主たる視点)で、その「システム」が生み出す商品・店舗が成果物であった。それが、「ユーザーや従業員」が主語となり、その「個」が価値を受け取るための触媒となるプラットフォームを提供することが企業の役割となる。そしてその主人公である「個」を一つに擬似的集合体として纏め上げるものこそが「対話」だ。

 これまではこの「対話」が不十分にしか成立しなかった。しかしデジタル革新により、これが現実のものとなり、先進的なプレイヤーは既に動き出している。

 日本では少ないコミュニケーションで意図を言い当てる「あうん」の方がフィットする。しかし環境変化の速い現代では逐次状況は変化し、「対話」による多頻度コミュニケーションの方が価値を生みやすい。

 日本型の新たなコミュニケーションの形の構築に向けて、今から無形資産の構築に向けて投資を加速すべきだ。今、同じ売上でも、旧態然の販促コストに使用するか、それともステークホルダーとの関係醸成に使うか、その意味の差は非常に大きい。


(長島聡)

(ITmedia エグゼクティブ)

最終更新:8月25日(木)10時35分

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