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従業員飛び降り自殺で「テナント企業」に賠償命令、なぜ責任を問われたのか?

弁護士ドットコム 8/25(木) 9:11配信

オフィスビルに入居するテナント企業の従業員が飛び降り自殺したことで、物件の価値が下がった−−。ビル所有会社がテナント企業を相手取って5000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が8月上旬、東京地裁であった。池田幸司裁判長は、従業員を自殺させないよう配慮する注意義務があったとして、テナント側に1000万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

毎日新聞などによると、テナント企業の男性従業員が2014年、ビルの外付け非常階段から敷地外に飛び降りて亡くなった。当時ビルを売りに出していた所有会社は、事故後から「精神的瑕疵あり」として、販売額を1割(4500万円)引き下げて販売した。

いわゆる「事故物件」に嫌悪感を抱く人は少なくないかもしれないが、オフィスビルは居住用ほどでないような気もする。従業員を自殺させないようにする注意義務とはなにか。今回の判決について、不動産問題にくわしい瀬戸仲男弁護士に聞いた。

●事故物件の「精神的瑕疵」とは?

「不動産取引において売主・賃貸人は、買主・賃借人に対して、取引に影響のある重要な事項を説明しなければなりません。不動産において自殺・事故などがあった場合、説明すべき『瑕疵』(欠点)に該当すると考えられています。

一般的に、自殺・事故などがあった物件(事故物件)は嫌悪感を持たれますから、物件の価値に影響します。この瑕疵は「精神的瑕疵(心理的瑕疵)」と呼ばれます。

今回のケースでも、ビル所有者(賃貸人)はビル売却にあたり、自殺があったという精神的瑕疵を買主に説明して、当初予定していた売価の1割(4500万円)を値引きして販売することになり、この値下げ額などの損害の賠償を、テナント企業(賃借人)に請求したのが今回の裁判です」

なぜ、テナント企業の従業員が自殺すると、テナント側が責任を問われることになるのだろうか。

「そもそも、賃借人は目的物の引渡しを受けてから返還するまでの間、『善良な管理者』として目的物を管理しなければなりません(民法400条)。物件内で死亡事故(自殺や他殺)が発生しないように注意する義務も、賃借人の注意義務に含まれるものと考えられます。

そして、従業員は、賃借人であるテナント企業の占有補助者として位置づけられます。従業員のミスは、テナント企業のミスとして扱われるものと考えられます。東京地裁は、このような考えを基礎に判断したものと推察されます」

●過去にまったく逆の「判決」があった

つまり、東京地裁は、従業員(占有補助者)の自殺について、テナント企業(賃借人)の責任を認めたということだ。

「ビル所有者にとっては良い判決ですが、テナント企業にとっては悪い判決です。

報道によると、テナント側は、(1)共用部分で自殺が発生することは予測不可能であり、賃貸借契約上の注意義務に含まれないこと、(2)テナント物件は居住用物件にくらべて、精神的瑕疵が物件の価値に影響する程度は限定的であることなどを主張したようです。

しかし、裁判所は『テナント企業は借室内や共用部分で従業員を自殺させないように配慮する注意義務を負う』と判断しました。そして、日常的に人が出入りするテナント物件であっても、自殺の事実は心理的嫌悪感を抱かせるものであるとして、自殺による価値の低下を認めて、1000万円の損害賠償請求を認めました」

過去に同じような事例はあるのだろうか。

「今回の事件と類似した裁判例がありますが、結論は正反対です(平成16年11月10日・東京地裁判決)。

こちらのケースは、建物賃貸借契約の合意解約日の前日に、賃借人の従業員が建物内で自殺したことによって、賃貸人が予定していた価格で土地を売却できなかったとして損害賠償を請求した事案です

裁判所は『賃借人において、土地の価格が下落しないように、その従業員が貸室内で自殺しないようにすべき注意義務があるとまで考えることは相当ではない』と判断。そのうえで、『事故当時、賃貸人は建物を取壊して更地にした後に売却をする予定であり、本件事件(自殺)と本件土地の価格低下との間に相当因果関係があるとは認められない」と判断して損害賠償請求を否定したようです。

この事件では『土地』の価格低下が問題で、今回のテーマである事件では『建物』の価格低下が問題ですから、一見すると異なる問題のように思われますが、いずれにしても『従業員が貸室内で自殺しないようにすべき注意義務』の有無の問題では、まったく逆の結論となっています」

●「注意義務の内容・範囲が不明確だ」

今回の判決をどのように考えるか。

「このような裁判所の判断状況を踏まえて、今回の判決(従業員の自殺について賃借人の注意義務を肯定する判例)について、どのような考えるべきかと問われれば、『疑問である』と答えざるを得ません。

まず、『従業員に自殺をさせないように注意する義務』とは、いったいどのように実行すればよいのでしょうか。

24時間365日ずっと付きっきりで従業員を監視していなければならないのか。それとも勤務時間(午前9時~午後5時)だけでいいのか。勤務時間内で良いとしても、トイレの中にまで付いていくわけにもいかないし、どうしたら良いのか。あるいは、昨年12月に義務化された「従業員のストレスチェック義務」を遵守するなどしていれば注意義務を果たしたことになるのか。

このように、やるべき注意義務の内容・範囲が不明確であり、現場において混乱を招く原因となるでしょう。

また、今回のケースは『ビルの外付け非常階段から敷地外に転落して亡くなった』というものであり、貸室部分ではなく『共用部分』での自殺、しかも、死亡したのが『敷地外』という賃貸借契約とまったく関係ない場所で発生したケースです。

一般に、ある貸室の隣室で自殺が発生しても、『心理的瑕疵にあたらない』とされており、また、共用部分で自殺が発生しても心理的瑕疵にはあたらないとされています(平成18年4月7日・東京地裁判決)。

今回のケースは、『外付け非常階段』という共用部分で自殺行為の着手があり、その結果としての死亡は『敷地外』という無関係の土地の上で発生しました。このような場合まで、注意義務・因果関係を広げて損害賠償義務を肯定することには大いに疑問があります。

控訴審で異なる判断がなされる可能性が高いものと思われますので、注視していきたいと思います」



【取材協力弁護士】
瀬戸 仲男(せと・なかお)弁護士
アルティ法律事務所代表弁護士。大学卒業後、不動産会社営業勤務。弁護士に転身後、不動産・建築その他様々な案件に精力的に取り組む。我が日本国の歴史・伝統・文化をこよなく愛する下町生まれの江戸っ子。
事務所名:アルティ法律事務所
事務所URL:http://www.arty-law.com/

弁護士ドットコムニュース編集部

最終更新:8/25(木) 9:11

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北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。