ここから本文です

リオ五輪は「再生の時」

ニッケイ新聞 8月25日(木)1時28分配信

 どうしてこうドラマチックなのか――ブラジルという国の動きの筋書きのことだ。国技サッカーが初金メダルを獲り〃王国〃復活の兆しを見せた五輪によって、国全体に「再生の時」という雰囲気を醸し出す気がする。

 大会前は、無事に終わるのかという不安感と、不必要に莫大な資金を投じたことに強く疑問を感じていた国民が非常に多かった。でも素晴らしいスポーツのドラマが連日展開され、過去最多のメダル数にまでなった。米国水泳選手による狂言劇まで起き、むしろ伯国の株は上がった。欧米メディアも大会運営に総じて合格点を出す。

 2年前のW杯では自国開催でドイツに7対1の大屈辱を受けて、国民は「サッカー王国」の誇りを失う深刻なトラウマに陥った。自国開催という晴れの舞台で地に堕ちるという最悪の結果に。

 あれ以来、サッカー代表はずっと自信喪失に苛まれ、マスコミや国民から折に触れて傷口に塩を塗り込むような痛評が繰り返され、その〃戦犯〃としてネイマールがいた。先のアメリカ杯も惨憺たる成績で終わり、今五輪の最初の2試合までそれを引きずった。

 ところが3試合目から不思議なことに復活の兆しが見え、4試合目には目に見えて連係プレーが良くなった。2002年W杯もそうだった。途中からエンジンがかかり、試合のたびに調子が上がるようなチームは良い成績を残す。

 1994年W杯優勝の時は「レアル・プラン」が始まってハイパーインフレ抑制に成功し、2002年W杯優勝の頃から「BRICS」好況の循環に入った。そして2年前の「ミネイロンの悲劇」の後、最悪の景況になった。

 自国W杯で受けた屈辱は、自国開催のそれに匹敵する大会(五輪)で、しかも同じ相手(ドイツ)と決勝戦で争わないと雪がれない。それが今回起きた。誰が書いたか知らないが天才的なシナリオだ。伯人はよく「神さまはブラジル人」というが、そうなら相当サッカー好きな神さまだ。

 W杯ではネイマールが怪我で欠場した後に7対1が起きた。今回も国民の大半は「優勝などあり得ない」と考え、あえて期待せず、「五輪惨敗」でもいいように心理的に備える状態だったのでは。ところが、その彼がキャプテン腕章を付けて大活躍を見せた。

 決勝戦でネイマールは1点先取し、延長線も含めて120分間走り抜いた。ペナルティキックではドイツの5人目をキーパーのウェベルトンが奇跡的に止め、最後の最後にネイマールが5本目をしっかりと決めた。彼を否定するネットの書き込みをした一般人、疑問を投げつけた有名評論家らに、ピッチの中で返事をしてみせた。

 それゆえ、彼は試合後のグローボ局インタビューで《僕の人生で一番幸福な瞬間だ。みんなは僕のことを呑み込まなきゃいけない》と言った。風当りが強かった〃戦犯〃と共に、一旦は堕ちるところまで堕ちた国技サッカーが、再生の時を迎えた瞬間だ。

 五輪自体も開始前は冷淡な評価が多く、テロや治安、ジカ熱の悪い前評判ばかりが目立っていた。それが無事に終わった安堵感は大きい。W杯から二つの国際的大イベントを無事に終わらせた達成感、そして国技の再生は国民的なカタルシス(心の浄化作用)をもたらしている。そんな空気は、今後の景気動向や政治へも大きな影響を与えるだろう。

 折しも今週からジウマ大統領の弾劾裁判が開始され、来週には終わる。テーメルが「代行」から正大統領になる可能性が大だ。弾劾裁判が終わると同時に最高裁長官も交代。その後にはクーニャ元下院議長の議席剥奪審議。つまり五輪の前後に、上院以外の「三権の長」(国家運営の中軸となる三つの権力)が総とり替えとなる。さらに10月2日には地方統一選挙。
 五輪と王国の復活と共に、これらがいっぺんに起きる。これを「再生」「再出発」といわずして何というか。このタイミング、ドラマチックさは、天の配剤かと思うぐらい絶妙だ。やはり「神さまはブラジル人」かもしれない。(深)

最終更新:8月25日(木)1時28分

ニッケイ新聞

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。