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[コラム]南北の上流階級と「体制動揺」の真実

ハンギョレ新聞 8月25日(木)21時57分配信

 金正恩(キムジョンウン)体制に対する反感や大韓民国の自由民主主義体制に対する憧れ、子供の将来の問題。統一部が発表した北朝鮮のテ・ヨンホ駐英公使の脱北理由だ。前の二つは(脱北の理由として)これまでよく挙げられてきたありふれたものだが、注目すべきなのは最後に言及した理由だ。テ公使は北朝鮮の典型的な上流階級の出身だ。一貫して特権階層のエリートとして生きてきた彼にとっても、子どもの学業と将来は「祖国」を裏切るほどに重要な問題だったのだろうか。

 そういえば、北朝鮮の上流階級にも、韓国の上流階級同様、子供の将来の問題にはなりふり構わない遺伝子があるようだ。大統領府のウ・ビョンウ民政首席の妻の妹は、娘を外国人学校に入れるために国籍書類を偽造して処罰を受けたにもかかわらず、今度は中央アメリカのカリブ海東部にあるセントクリストファー・ネイビスに国籍を変えて娘を外国人学校に入学させた。外国人学校に入学させるため、カンボジアやシンガポールの市民権を得た財閥一家の子どもたちの話もよく知られている。テ公使が命をかけてまで北朝鮮国籍から韓国国籍に変身しようとしたのも、結局は同じようなことではなかろうか。子供の教育のためなら国籍変更も辞さないという点で、韓国と北朝鮮の一部の上流階級はすでに偉大な統一を成し遂げたのかもしれない。

 テ公使が一世一代の重大決心をした背景には、子どもの将来問題に対する悩みだけでなく、まだ明らかになっていない本当の理由もあるだろう。金銭問題を起こし、すでに6月に北朝鮮への召還命令を受けていたとの報道もある。北朝鮮の「朝鮮中央通信」は「国家資金を横領し、国家秘密を売り渡したうえに、未成年に対する強姦まで犯した」と非難した。事実関係は確認できないが、これまでの例を見ると、北朝鮮に渡った韓国人も、韓国に渡った北朝鮮人も、体制に対する反感よりは個人的に窮地に追い込まれたための選択であるケースがほとんどだった。こうした事情からすると、北朝鮮のエリートの一過性の脱北を北朝鮮体制の動揺の証拠とするのは、性急な判断と言える。

 むしろ注目すべきは、韓国政府がテ公使の脱北を「韓国体制の動揺への防止策」として活用している点だ。今「朴槿惠体制」の動揺は他人の心配どころではない情況だ。様々な国政運営の乱脈ぶりや国内外で窮地に追い込まれた高高度防衛ミサイル(THAAD)配備の決定、弱り目に祟り目のように浮上した「ウ・ビョンウ(大統領府民政主席)不正疑惑」などで四面楚歌の危機を迎えている。このような状況で、テ公使の脱北は干天の慈雨のような存在だろう。朴大統領が連日、「北朝鮮の深刻な亀裂の兆し」とか「北朝鮮体制の動揺の可能性」などと発言し、安保攻勢で政局を突破しようとするのもそのためだ。

 北朝鮮体制の動揺について言及するのは、政治権力の体制守護を越えて、韓国資本主義体制の動揺を抑える良い方策でもある。特に「ヘル(hell)朝鮮」という言葉にアレルギー反応を起こし、有無を言わさず「自負心」だけを強調する朴大統領にとっては、格好の宣伝材料であろう。

 しかし、テ公使よりもさらに高い地位の北朝鮮のエリートたちが次々と脱北したとしても、韓国の状況が変わるわけではない。現実に絶望している多くの若者にとって、北朝鮮の上流階級の脱北は決して慰めにはならない。むしろ南と北にかかわらず、上流階級の人々の貪欲さや利己心の同質性を苦々しく確認するだけだ。英空軍機に乗せられたテ公使のゴルフクラブとテニスラケット、彼の妻が緊迫した亡命の過程でも英国の大型小売店「マークス&スペンサー」に立ち寄って好きな商品を大量に購入したという英国メディアの報道を見ながら、親の地位にも経済力にも頼れない韓国の若者たちは何を感じただろうか。英国の名門大学に入学する予定だったというテ公使の次男は、これからもエリートコースをひた走るだろう。(それを目にしながら)韓国の多くの若者たちは、北朝鮮の上流階級にとうてい及ばない自分の状況を再確認することになるだろう。

 だから、この地の権力は北朝鮮体制の動揺をもって韓国体制の動揺を防ぐという幻想を捨てるべきだ。国民の絶望と苦痛を共感できない指導者、脱出口のない現実に苛立っている若者たちに「世界が羨む韓国」を語る政治権力が国を支配する限り、「ヘル朝鮮」はこれからもヘル朝鮮として残るだけだ。「ヘル北朝鮮」は決してヘル朝鮮の治療薬にはなれない。北朝鮮住民の体制への反感に欣喜雀躍する時でもない。上流階級による逸脱の典型である一介の大統領府参謀を守るために国家の命運をかける韓国でも、「体制への反感」は高まっている。このような現実に気づかないのはあなたたちだけだ。

キム・ジョング論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:8月25日(木)21時57分

ハンギョレ新聞